28 July, 2008

Last Lecture - Randy Pausch逝去

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http://jp.techcrunch.com/archives/20080725dr-randy-pausch-carnegie-mellon-cs-professor-dead-at-47/
より、
Last Lecture - 「最後の授業」で知られるランディー・パウシュ教授(カーネギーメロン)がとうとう亡くなったとのこと。大前さんもこの人の話をあるコーナーで一番に取り上げていた。

まだ知らなかったら、本読むより動画で授業を見た方がいい。全編バージョンもいろんなサイトで公開されているし、「最後の授業」とか「Last Lecture」で検索すればざくざく見つかる。日本語のキャプションが入ったものもあるようだ。(初めて見たときは無かったけど。)

さて、テーマを絞った話だとしても、今からやるステージが、「最後」だったら、自分は何を伝えたいのか、なんて考えてみたらどんなところが変わるのだろう?

彼の、悲壮感のない、それでいてメッセージ性のとても強いその「Lecture」は、その内容はさることながら、「Last」に向き合う人としての姿勢をLectureするものだと感じた。

後に、Randy PaucheのLast Lectureは私になにか大きなものを残してくれたと言えるようでありたい。

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02 June, 2008

木を育てる人と森を守る人

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森に行ってみたことがありますか。

私は、梅雨入りした時期の秩父の森とか、大好き。

森の全体ビューを楽しむ人もいれば、個々の木々を見て感動する人もいる。ちなみに、今朝の朝礼で尋ねると、そこにいたスタッフの大半は個々の木々をじっくり見たいタイプで、わずかながら、森としての全体の景観を楽しみたい人がいた。

いずれにしても、森としての成り立ちが、個々の木々の魅力に不可欠。すなわちWhole-Partの関係性。この関係には学べる要素がたくさんある。森に立つ看板には、その森の歴史やなりたちのような概要から説明が書かれていて、続いてそれぞれの個々の木々や小路の解説に言及している。木も森も見ろ、と。

さて、会社から業界という枠組みに拡げて考えても、我々の開発活動はPartでしかない。できることは、せいぜい個別最適。

統計によると、2006年現在、インターネットの利用者は世界人口の16%、日本では60数%にすぎない。そこで利用者にとって快適なツールを作っていくことは、現時点では人類社会全体からすればプチ富裕層のための個別最適にすぎないと言わざるを得ない。人類の叡智を結集できる枠組みにはほど遠い。

だから、それを理解した上で、レバレッジを狙うことに集中しなきゃいけない。たとえば、インターネットユーザを介して、その向こうにいるインターネット利用者ではない人びとや地域にプラスの影響をもたらす方向を狙う。でも、その結果、out of the Netからのフィードバックをどうやって集めるのか、考えなきゃいけないことがたくさんある。それでも、リアル・コラボレーションのハブって何だろう、これをテーマに考えなきゃいけない。

それを、先日LUNARRの高須賀さんに話したら、「それは、めっちゃ考えなきゃいけないけど、答えは出せそうな問題ですね」と言ってもらえた。

だからなのかな、リアルにイノベーションを目指している「人」同士のケミストリを強く誘発する活動にはとても意義を感じる。それが、OSBBだし、WASFORUMだし、WOCSだし、JBPだし、IPAでの活動にもそれがある。そして、ほかでもなくテックスタイル・グループの目指しているもの。

いずれも、大変なんだけど、すっかり楽しめることがカギなんだよね。

じゃあどうするのか。

個々の木をきめ細やかに育てる仕事も、全体として森を守る仕事も、両方とも重要。同時に、理解しあわなければならないけど、両者ともゼネラリストになる必要はないんじゃないかと思ってきた。

「いろんなことができる人」と「なんでも屋」は違う。自分は、やりたいことなら何でもできるようになりたいけど、それでも「なんでも屋」と言われちゃったら負けだと思う。

(個別最適至上主義でなんでもかんでもかけ算方式で全体に展開しようとすると、合成の誤謬(fallacy of composition)が生じ得る。また、ゼネラリストのオーバーコントロールは個々の進歩を容易に阻害しうる。)

ここは、楽器の演奏とバンドの関係と同じで、それぞれのプロフェッショナリゼーションが、他者の視点からの試練を乗り越えるべく気持ちよいGrooveを出していこうと進歩すると、それぞれが外部との共通的なインターフェースを持つようになるので、ひいては全体として調和と成長の両方をもたらしてくれる
ポテンシャルになる。

先日のJBPは11曲、入れ替わり立ち替わり加わったセッションプレイヤーは15名、うち、junoさんはキーボーディストかつバンマス。彼には強いこだわりと意見があるが、それがかえって、全員がいい感じにまとまるきっかけを作っていた。さすが、junoさん。

全体の成長のためを考えれば考えるほど、むしろ逆に自分に軸を強く持って、それぞれのプロフェッショナリゼーションを磨いていかなきゃ。本も読むし、人にも会うし、ベースも練習する。

それはそれは、スリリング。

木を育てる人と森を守る人、個別最適と全体調和、どっちも軸が必要だということなのだと。
だから、そこを磨いていかないと成長しないと思うんだよね。

よっしゃ、一緒に何かやったろうじゃないの、という方、会ってくれませんか。

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28 April, 2008

人の多機能性と群衆の叡智

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gihyo.jpの記事、「疾走するネットダイナミズム第一回 群集の叡智 ー 集合痴にならないために」にインタビューをしていただきました。ちょっと写真がどうなんだろう、と、社内関係者ではもっぱらのネタですが(汗。

その記事で言及されていたとおり、2008年5月21日に、昨、2007年11月1日に開催した「群衆の叡智サミット2007」の続編を東京、丸ビルホールで開催することになりました。CNET Japan, RBB TODAY, Markezine, gihyo.jpなどで早速報道していただいています。

群衆の叡智サミット WOCS 2008 Spring
http://techstyle.jp/wocs/2008spring/

前回はmixiのコミュニティでのやりとりに始まり、当日はライブアンケートシステムを使い、フィードバックはブログでの反応を集めたりしました。

今回は、より近くコミュニケーションを取れるように、facebook、twitterで事前・事後のコミュニケーションに拡げてみることにしました。(WOCS2008springページのCATCH UP WOCS!というコーナーをご参照)よしおかさんのご提案で、当日は、Ustream.tvでリアルタイム映像配信ができるかもしれません。品質、帯域共に不明なことも多いですのですけども。IRCのようなライブチャット機能があるので、うまくいくといいなあと思っています。


まあ、そんなことよりですね。

上記の「疾走する・・・」のインタビューで話したことの中で、記事で記載されなかったことがあります。

それは、私が「群衆の叡智」というコンセプトを特別に魅力に感じている理由。どうでもいいからネタとして落ちたのでしょうけど、自分のブログなので(自分が忘れないうちに)書きますね。

それは「人の多機能性」です。結果的に多様性、とも近いですけど、むしろ多機能性、です。

人は誰でも、多かれ少なかれ、何かの専門、得意分野、好きなことがありますよね。でも、そういう分野の知識だけで生きてるわけではない。「何かのものすごい専門」であることって、せいぜい数年の経験かもしれない。実際には、それ以外の、もっとたくさんで複雑な経験、意見、情報を取り扱って生きてきたはずで、つまりもっと言えば効果を引き起こせるポテンシャルを持っていて、はたまた自分でも全く想定外の効果を出してしまうことがあります。

情報の出し手と受け手で、そのタイミングがうまくあうと、たとえば調味料の中ぶたの「穴」を拡げ、たらこマヨネーズを発明し、見知らぬ家庭の問題を解決し、災害の被害を軽減し、話題を先行的にキャッチし、辞書ができあがり、ソフトウェアを改善し、エイプリルフール映像でペンギンが飛んでる姿に注目させたりするわけです。専門家が一生懸命やったわけではないのに、ひとりひとりの固有の、それぞれの自由な知見が、大きな変化をもたらす知恵として貢献するわけです。

専門家どうしの、オープン・イノベーションの原理よりも、参加機会が広いわけですから、もっと広い可能性を感じさせます。

これは、そもそも「人は(自分が思っているよりはるかに)多機能である」という前提があるからだと思うわけです。

他方、「集合愚」とか言われますけど、それは「群衆」の「集団化」に関する整理をすればわかりやすい。いったん集団になってしまうと、濃くなってしまい、利害関係の一致する部分では思考にまでコントロールが強くなる。そうすると、集団浅慮に陥ってしまう、というようなことを、ジャニスさんは言っていました。

でも、「わかってる」人同士で「仕事」が進むと、専門的に掘り下げるスピードが上がるという効果も見逃せない。でも、成果の妥当性は衆目にさらされることでブラッシュアップされる部分もある。まあ、いろんな評価指標があるわけです。

人の多機能性、たとえばそれぞれのアンテナがさまざまで、進歩のベクトルもいろいろで、それゆえに想定外のポテンシャルがあるんだということを感じると、うれしくなってきませんか。


たとえば、叡智を引き出すメカニズムって何?という部分。

やることそのものはシステム化、なんだけど、本質は、実に人間くさい部分にトライするということ。強く意見がある問題、あるいは答えがわかる質問を見ると、ついつい答えちゃう。仲間がいるとわかると、盛り上がっちゃう。寂しがり屋の一人好きもいる。拍手に弱く、ねたみにもろい。人が自分の中から「確からしい情報」を出す、あの瞬間は、脳の中で何が起きてるんだろう。それが大勢の中で起きると、何が起きるんだろう。

こういうのをメカニズム化するのは、いわゆるシステム、ITの話というよりは、人間を学ぶということですよね。いみじくも、先回のWOCSでは、「群衆の叡智は、thinkの集合というよりは、feelの集合という観点があるはずだ」と山崎晴可さんがおっしゃっていました。実は、事前のブレストで出た話だったんですけど、本番でのそのトークに大勢が納得。「いや、thinkの集合もあるはずだ」と山口さん。「マズローの5段階欲求」との関係図は、松隈さんのスライドにも、福岡さんのスライドにもありました。いいねえそういう議論。

で、今回も、リアルにどんな方法があるのか、いろんなところのエッジ観点をしゃべれる人が集まってくださいました。そっから見える景色はどう?

どんなコンセプト議論が飛び出すやら。とても楽しみです。


来場者のコメント参加システムもあります。ライブ討論会の温度が上がりますよ。ケイタイでオーディエンスの意見を集め、スクリーンで可視化。こちらは、受講手続きがすっかり完了した皆様には事務局からお知らせしているようです。チェックしておいていただければと思います。


# 連休突入ですけど、お申し込みはお早めに。(宣伝

群衆の叡智サミット WOCS 2008 Spring
http://techstyle.jp/wocs/2008spring/

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20 April, 2008

Schoolhouse 2でM2を乗り切れ

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やんなきゃいけないタスクをキャッチアップすることに、いちいち時間を使うのはもったいない。

実は、M1をなりゆきで過ごしたツケを年度末にほうほうの体で消化し、やっとのことでM2に上がれたのですが、卒論を含むタフなM2の一年は、昨年よりも全体像を把握して組織的に物事をこなしつつ、学びの濃度を高めたいものです。

整理すべき対象は多次元的です。クラスごとに異なる受講パターン、論文提出、輪読会、週次タスク(realtime online case studyなど)、あと英語のトレーニングも・・・。これらの煩雑なスケジュール管理やタスク管理は粛々とオン・スケジュールでやりたい。でも、それぞれのタスクは難易度も様々だし関心も違うから、プライオリティもさくさくつけたい。

ツールとしては、ミルクの時間も忘れないというほどの簡単さが売りのRemember the milk、田口さんのところの目標管理ツールのchekpadは普段から使っているのですが、上記のように多次元性の高いもののタスクの立て方にはどうにもしっくり来ない。

学生の、かつMacユーザの皆さん、朗報です(w)。

Mac用のソフトで、Schoolhouse 2というツールを見つけました。これは以前からあるTask Listというソフト(これはバグだらけでとても悲しいツールでした)の後継のようです。(不完全ながらも、Task Listからのデータのimportにも対応しています)

Schoolhouse 2をLeopardで使う人には重要なTIPSがひとつ。このアプリケーションは、現状では「Rosettaを使って開く」という設定がMUSTです。Finderでこのアプリを表示→プレビューから「詳しい情報を表示」→「Rosettaを使って開く」のチェックボックスをONにしておくことです。(この情報はi use thisで見つけました) これで動作が安定し、一部存在した不可解なフリーズがなくなりました。

「人生勉強」と割り切れば、これは仕事の整理ツールにも使えるかもですよ。

・・・おっと、最近、ライフハックでは仕事にならない、と思ってるんだった・・・

この話はまた近いうちに。

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25 December, 2007

「とんでもない、責任は常に権限の数倍あるよ!」

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組織規範の考え方に関する、「権限には責任が伴う」という「常識」に対する反論として聞いた。エクセレントカンパニーならではの、コンセプチュアルな一言だ。

かねてより、「権限と責任は一致する」という考え方は、いまひとつしっくりきたと言われることは少ないものだ。だいたい、権限が不十分だと思っている人に、余計なことをしないように抑圧する場面で用いられがちな言葉だからなのかもしれない。その組織に官僚的な文化があるとなおのこと。

そこにきて、この「とんでもない。責任は常に権限の数倍」という考え方は全く違った効果を生む可能性がある。自分の役割、立ち居地を積極的に果たすための自覚を持たせ、その上で責任の大きさを考えさせる。

これは、しっかりやろうよ、との内面的動機付けを強める、応援的なメッセージだとさえ感じられる。

この意識をしっかりと社内に浸透させたいし、社外に対して自社のサービスがこのコンセプトを実践していくにはどうすれば良いか考えたい。発注要件以下で請求書書いてるIT業界のメルトダウンはもうとっくに始まっているしね。

権限って何だ?自由な選択肢としてやれること、と置き換えるべきか。

とすると、人間としての責任は、人間が自由にやれるバリエーションの何倍もあるに違いないことを理解しなきゃいけないということか。

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