03 January, 2009

情報科学がたまらなく面白いという話

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ここ最近、情報科学がたまらなく面白い。いまさら認識したのかと思われる向きもあろうが、C/UNIX系プログラマー、ネットワーク構築、セキュリティ、業務プロマネ、そして技術ベンチャーとやってきたが、飽きもせずにやってきたのは、それぞれの時代の情報技術(Information Technology)の先端を垣間見ることができるというメリット以上に、情報科学(Information Science)へのあこがれだったんだ、ということ。


情報科学は、情報技術を実際に利用している者の視点から見た様々な問題を扱う。まず技術ありき、のアプローチではなく、まず問題(解決)に着眼するアプローチである。
情報科学 - Wikipedia


関心の根っこは、人が何かの情報に触れるとどういう行動になるんだろう?あるいは、ある行動は、どんな情報に刺激されたものなんだろう?というような、そういうこと。情報そのものをデータとして取り扱うことの楽しさ以上に、何か「効果」を発揮していくところに、非科学的と言ってもいい、人間の介在によるあいまいさとか、ゆらぎとか、あるいはイキオイのようなものが見られる。

これを「情報科学」と呼ぶのだと知ったときはとてもうれしかった!

科学ー何度も実験し、確証のようなものを得ていくプロセス。極めてあいまいな循環であり、ストックとフローの混沌である。これに「情報」というものをかけあわせてフォーカスしたものを情報科学というのであれば、とてつもなくエントロピーが高く感じる。マーケティングもファイナンスも組織マネジメントも、情報科学の適用だと思えば相当面白い。

情報技術的傾向として自分自身について考えるに、、システム屋ゆえだろうか、根深い阻害要因を認識した。たとえをあえて挙げると、直感を信じすぎてデータの隅々に向き合うのをめんどくさいと思うきらいがあること、また自分が仕組みに満足するとそこでおなかいっぱいになり、収束させる傾向があること。これは内部的阻害要因、メンタルブロックと認識した。

あれ?社会一般ってそういうのをどうしてるんだっけ?

そうこうするうち「社会科学技術論」というものに出会った。ここでは、社会的に「これでいい」つまり妥当だと思われることというものをどうやってコンセンサスを取るんだろう?という問題へのアプローチを考えるものだ。たとえば、公害規制、化学調味料の毒性、漏洩放射能の危険レベル、もっと身近に言えば、携帯電話の電磁波レベル、狂牛病対策検査など規制が明確に数値化されてるけど、どうやって決めてるんだろう?というような。

人体実験できるわけでも、何十年もかけて被害を見てから答えを出して良いわけでもない。ここに、科学的実証を前提とする科学の限界がある。また、問題解決のための新しい学説のデビューには、学会ごとに妥当性基準が異なるという構造的な問題がある。これを妥当性境界というんだそうだ。このボーダーが予想外に分厚く、クロストークがなかなかできない。実際、社会コンセンサスは科学者だけでは成り立たない。

だからといって、一般世論による意思決定でも不足だ。山崎はるかさんが群衆の叡智サミット2007のときに持ち出した話で、「これは食べられるかどうか」「この金属に毒性があるか」という問題を解決するのであれば、民衆には血であがなわれた実証をする以外にない。

何もしないわけにいかない。何か決めなきゃいけない。しかも妥当な結論にな!

そこで、社会的妥当性、組織的妥当性、経済的妥当性、科学的妥当性というそれぞれ無視できない妥当性境界を持ち出し、さあどうするよという激論をせざるを得ない。それには、微妙な変化を社会モニタリングすることも必要になる。定性的なものもなんとか定量化して分析したりしなきゃいけない。これは大きな課題である。全員に仕事があるから盛り上がる!

dankogai曰く、バランスを取るのは、あなたの仕事じゃなくてみんなの仕事だそうだが、バランスなんてものはぐらぐらするから面白いのだ。あれ、別に矛盾しないんだっけ。

それぞれの「妥当性」にうまい具合に重なるところがあればそこが合意点のドラフトになりうる。しかし、一見どこにも接点がなければ、エアポケットが生じ、へたすりゃ何年もほったらかしになりかねない。そこで、日本はどうしてるかって、他の先進国はどうしてるんだなんてところで決める傾向があると言われるが、他国がばりばりやってても華麗にスルーしてることもある。

実に面白いと思わない?

私としては、この曖昧な「情報科学」を追求する自分のへたくそな試行錯誤模様を書き残していかなければならないと思い、年末から、tech tech okdt(てくてくおかだっち)なるテクニカルフォーカスのブログを書き始めた。「テクニカル」と聞くとどん引きされる方も少なくないのだが、ここでは、この「情報科学」に重心を置きつつ、ソフトウェア技術からはじまり、社会科学、経営技術なんてのも意識して書いていこうと思う。

あえてはてなを使っているのは、テーマのなじみ感、読者の凝集性の高さかな。こういう話題は濃いところに放り込むのが正解。(不満もあるよ。不満はエネルギーなのでこれまた良い)。はじめたばかりなのに、予想以上にアクセスがあるものだね。

新年早々、tech tech okdtに、駅伝往路を見ながら書いたのをご笑覧あれ。これは、社会動向の数値化から何かの気づきをひねり出す情報科学の試みの本年の「書き初め」としたい。

1.走る人の増。(東洋大往路優勝おめでとう)
2.家計消費の改善
3.美味系消費は好調。カニ、マグロ
4.個人投資家急増ふたたび
5.お手軽海外旅行へ。成田利用は地方空港+ソウルへシフト。
6.自己に投資するサラリーマン
7.ホームレス支援施設の利用増。
8.全国的な高齢者の刑法犯増
9.中国株下落も、まだまだアクティブな中国人。日本への旅行者・日本定住者の増。そしてクレジットカード発行数激増。
10.地方での変動。人口シフト・議員年金・外国人

このご時世に右肩あがりなものを10個、必死こいて探してみた



もちろんツッコミどころ満載だ。視点さえあればネタには事欠かないはずだ。皆さんも楽しんでみられては。

本年もよろしくおつきあいくださいませ。

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13 December, 2007

OSSとイノベーション2007

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本年、2007年は、「OSSとイノベーション」というタイトルで、壇上に上がらせていただく機会が2回あった。いや、むしろ、オープンソースソフトウェアとイノベーションの関係をはっきり語るよう、あえて自分にその命題を課したと言っていい。おかげでいろんな勉強ができた。そして最後となる1回は今週金曜日、秋田県秋田市で登壇することになっている。

最初のものは、4月に大井町で開催された、日本技術士会の有志で開催されているIT21の会。ここには、レガシーな技術を大切にしてきた大勢のベテランと、今後のITの変革をどう捉えるかに関心の高い若い人がおられた。大勢の受講者から、目からうろこが落ちたとの感想をメールでいただいた。驚くほど高年齢の方々が多い会の中で、メールをくださった方々は、おしなべて若手で、アグレッシブでハングリーだった。もっと別の世界に目を向け、そこに自分の身を投じるべきだ、とのメッセージを述べた。それだけでそこに行って良かったと思った。

次は、6月に開催された、UNISYS BITS2007でのパネルディスカッション。筋書きとしては4月のものを踏襲し、さらにパネラーの猛者ぶりを発揮していただくシナリオで進めた。レポートも掲載されている。あえて説明すると、これは例年開催されてきた、オープンソース/Linux関連のパネルディスカッションの延長に位置づけられるもので、UNIADEX社の皆様にはおなじみのもの(ネタ?)としてご愛顧いただいている。

UNIADEX松隈さんとはかれこれ7年はこのライブをやってきた。人が変わり、会社が変わり、ビジネスモデルが変わり、市場規模も変わった。そのひとこまひとこまを毎年キャッチアップしてきたこのライブが、UNISYS BITSの大舞台のトリで開催されたのは大変意義深いことだ。高くかってくださった皆様に感謝申し上げたい。

もちろん、技術革新はかっこいいことばかりじゃない。高給が降って沸くものでもない。むしろ普通に痛みが伴う折衝の連続であり、デスバレイ(death valley)もある。それがわかっていてもそこにチャレンジを傾ける猛者がそこにいたわけで、ゲストとして生の声を発してくれた。こういう姿を見ることで、技術屋やってて良かったと思うものだね。

さて、最後に、今週、秋田県に出かけることになっている。秋田県は、私にとっては、これまで接点があった県ではない。とても寒いところだろう。しかも調べるに県の経済情勢は良いほうとは言えない。10年連続で自殺率1位。比内鶏関連での問題もあったが、おりしも2007年を表す漢字は「偽」に決まったそうだ・・・。子供たちが殺された事件の裁判もあったことが今日報道されていた。もちろん、経済指標関連の統計資料を見ても、他県に比べてITが活発とは言えない。正直、関西人泣かせの話題ばかりだ。

しかし、しかしだ。そこで、なんとかがんばってイノベーションを起こそうとしている人たちがいることは確かなのだと思う。あきた企業活性化センターは大勢の起業家を育成しようとがんばっているし、秋田市のチャレンジオフィスあきたのこのページにも、地場産業としっかり組んでがんばろうという強い息吹を感じる。NPO法人あきたITこまちは、現場で働く多くの女性たちに驚くほど的確な情報提供を行なっている。当日も来てくださるそうだ。本年度、秋田県はOSS実証実験に参加し、県の情報システムにOSS運用基盤を採用することによって、ベンダーニュートラルな管理基盤を据えようとがんばっている。

マイクロソフトはベンチャー育成プログラムに秋田を含めている。えらいな。脱帽だ。いずれにしても、難しい状況で奮闘しておられる方々に、私はなんと言えば良いのだろう?私と秋田県の皆さんとの明確な違い、それは、おそらく、視点だ。ここからはこんなものが見えます、という視点を紹介できればと思う。そして、私が学ぶつもりで多くの質問を投げかけてみたいと思う。

変化しようと思う人が変わるチャンスを得られ、それゆえに集団が変化するチャンスを得られ、そして文化が醸成されていく。ソフトウェア技術を身につけながら組織の枠組みを越えたコラボレーション文化を理解するためには、OSSはもってこいだ。仕事を取ってくる人間は、情報の伝達とコラボレーション(Web2.0、UGC)をキーワードに情報と技術の新しい流れに注目させて取ってくればいい。資金的脆弱性でさえ、イノベーションのトリガーになることは珍しいことではない。また、OSSを使う仕事でない人でさえ、コラボレーションを軸としたそのコンセプトから得られるものがある。

雪国でアツくがんばっている人に会いに行ける、師走の金曜日を楽しみにしている。

あきた企業活性化センター
OSS活用促進セミナー「進化するOSSのもたらす影響」

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28 October, 2007

クラウドソーシング(crowdsourcing)はどうしたものか

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アウトソーシングならぬ、クラウドソーシングの話。

Wikipedia、「Crowdsourcing」より
http://en.wikipedia.org/wiki/Crowdsourcing

Crowdsourcing is a neologism for the act of taking a job traditionally performed by an employee or contractor, and outsourcing it to an undefined, generally large group of people, in the form of an open call. For example, the public may be invited to develop a new technology, carry out a design task, refine an algorithm or help capture, systematize or analyze large amounts of data.


USにはCrowdsourcing企業が着々と増えている。

不特定の群衆による、分散された知見や、あるいは労働力によって何がしかの成果を目指すものなのだけど、Crowdsourcingのポイントは主に企業が主体になり、いいだしっぺとファシリテーションを受け持つということだ。多くの解説に「安く済ませる」という言葉が散見されるが、それよりも群衆の持つポテンシャルを企業が利用するというところに着目することが重要で、インセンティブを定義しなければならないし、それは有形であれ無形であれ協力者の納得のいくものでなければならない。

観察者の観点では、Wisdom of Crowdsにはいくつかの理解すべきコンセプトがある。

1.大集団をひとつの「個」に見立てて、なにかのアクションに対する行動や変化を観察することにより活用を図るコンセプト(視覚に着目)

2.大部分の人たちにはスルーされるだろうが、中にいるはずの関心の高い人の個別の"協力"を、できればたくさん引き出そうとするコンセプト(手足に着目)

3.大多数の人たちの自発的に出される意見を集約し、それにより新たなリスクやポテンシャルを探ろうというコンセプト(口に着目)

相互に必ずしも排他的なものではなく、あくまでコンセプトと表現したのだが、成果の演出において重心がどちらにあるのかはそれぞれのサービスを見れば考察しやすい。

1.はソーシャルフィルター(social filter)に使われることが多く、それらはdel.icio.usやはてなブックマークなどのソーシャルブックマークなど、いわゆる群衆による分類すなわちフォークソノミー(folksonomy)として出現している。RSSリーダーでの登録者数にもいくらか観察できるかもしれない。いずれにしてもニッチなテーマに至るまでその動向が見えるため、単なる人気投票的な「ランキング」よりも興味深い結果を出している。

2.はLinuxをはじめとするオープンソース、Wikipedia、またFlickrのような画像アップロードサイトも見られる現象で、いずれも関心のある人同士の積極的な集まりによる協業である。ピアプロダクション(peer production)と言われる。これはルールを決めるところがキモで、それさえコンセンサスがとれれば比較的ファシリテーションしやすい。

ただし、個別の成果の良し悪しが個々のユーザにゆだねられ、それを是正させる働きをするときに見られる機能は、それはsocial filterともいえる。オープンソースにせよ、ウィキペディアにせよ、それらは知見の高い個人による「目」の集積としての機能をアテにしている。

3.は、消費者によるメディア、CGMといわれる。主にブログだ。これは端的に言って、自分の欲求とツールの機能がうまく出会うとブレイクしていくものであり、主に、誰かにファシリテーションされて書くものというよりは、おそらくは特定の人、あるいは仲間を想定して発信される目的で自発的に行われている感覚だ。


ここで、それぞれのコンセプトと、日本人の特性を考えたとき、日本社会の特異性をどうやって活かせるだろうか。

はてなブックマークは技術者にウケすぎていて「ネットイナゴ」と揶揄されるにしても、依然、動きは活発だ。del.icio.usなんてのは英語のサイトなのに、ブックマークには日本語が散見される。価格コム、じゃらんなどのクチコミもそう。評価好きな日本人にはsocial filter機能はもってこいなのかな、と思われる。

ただ、流行っているものが売れるのが現在の日本の市場であり、social fiterを演出している側とそれに乗らされている側の格差や、その影響度は過度に大きい気がする。つまり、うまく火さえつけば瞬く間に群衆は自分の意見としてというよりも、群衆の意見に相乗りする形でノリノリになってしまう。

次に、peer productionはどうだろうか。ウィキペディアは日本語が存在するし、良くも悪くもアクティブではあるようだ。オープンソースは・・・。日本人の中には海外のプロジェクトに参画して何かを作り上げるのに大きな働きをしている人は存在する。しかし、日本人のコミュニティでは贔屓目に言っても元気なほうではない。仲間社会、既得権益社会で構成される日本人の特徴がこの分野での成果に大きく出ているようだ。

ただし、人が困っているときの動きは秀逸だ。オープンソース・コミュニティについて言えば日本はユーザ会ばかりだが、その多くは初心者の質問を扱っている。Q&AサイトのOKwaveや、プログラマのためのcodeなにがしでも、質問されるととても早く答えちゃうのだ。

仲間うちのネットワーク効果や、互助関係のつながりがめちゃくちゃ大きく作用するわけだ。

では、ひとりひとりの発想や独創性は発揮されないのか?そういうのは日本人の不得意とするところではないか、と言いたいところだ。しかし、世界中のブログでもっとも多く使われている言語は日本語だそうだ。

発信はキライじゃないけどツール次第。もののカラクチ評価はとても好き。でも、みんなが好きなものは私も好き。一時間待ってもクリスピー・クリーム・ドーナツは買いたいし、なんと言われても中国野菜は食べない。でも、狂牛病騒ぎで一度は廃絶した和牛はおいしい。亀田はおもしろかったり、ひどいやつだったり、かわいそうなやつ。電通がどんだけSecond Lifeを宣伝しても、「セカンドライフ」とは老後ののんびりした暮らしのことであり、それ以上の魅力は感じられない。

・・・悩ましい。

本日の仮説。

社会的なつながりに関する欲求(マズローでいうところの三段階)がとても強い日本人は、群衆の叡智として日本人だけをグルーピングした場合、その属性はあまり拡散しにくいし、大衆の意見を尊重することによって自分を守る。つまり、マーケティングデータはとりやすいが、ポテンシャルは取りにくい。

しかし、集団の中にいるニッチなスペシャリストを引っ張り出してくることにひとたび成功すれば、ゼネラリストタイプな専門家を養成して大衆に向かってメッセージを出すよりもはるかに高いポテンシャルがある。

彼らは職業的専門家だとは限らず、主婦だったり、10代の若者だったりするが、思わず火付け役に回ることがあり、その効果も計り知れない。ただし、彼らは求められれば口を開くが、自分からは積極的に口を開くとは限らない。いや、匿名の場合にはどこかしら変わった人格で饒舌になったりする。

そうすると、どこに軸足を置いたらよいのだろう。

最初のコンセプトである「social filter」で単なる動きを見せてもらうタイプのクラウドソーシングは新たな価値を生むとは限らない。せいぜいネタのシェアにより、アクセスランキングを加速させているだけになる。

むしろ、その中にいる個人に潜在している新たな気づきを発掘することに取り組む必要がある。これは欧米社会では大衆迎合を跳ね返す文化のため、とても簡単なことに見えるのだが、日本では同じ方法ではとても難しい。

アイデアを提供しやすいわかりやすいツールと、それを出してくれるインセンティブを明確にすること、そうする仲間をいかにして作り上げるか。それには単に欧米からコピペしたようなツール、WEBサイトではだめだ。そこから日本人ならではのファシリテーションを試行する必要がある。

「日本におけるクラウドソーシング」は、脳みそに汗をかかなきゃいけないトピックだ。

群衆の叡智サミット2007まで、あとわずか。

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16 October, 2007

11月1日、情報と技術の「新しい流れ」が見える一日

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株式会社テックスタイルは、11月1日木曜日に東京丸ビルホールにて「群衆の叡智サミット 2007」(Wisdom of Crowds Summit)を開催いたします。

WEB開発にかかわる技術者、またマーケティング戦略・ブランド戦略担当者、大学・研究機関の研究者、および企業経営者の皆様を対象としています。

http://techstyle.jp/wocs/

2007年から始まる10年の情報経済は「群衆の叡智」によって大きく変革するといわれています。ジェームス・スロウィッキー著「みんなの意見は案外正しい(原題:Wisdom Of Crowds)」に著されている数々の興味深い事実は、一部の「権威」や「専門家」による品質維持の枠組みを、「群衆の叡智」が上回ることを示しました。

しかし、それはどれほど新たな情報パラダイムをもたらすのでしょうか。いや、すでにもたらし始めているのでしょうか。消費者、社員、コミュニティの意見を集約して、正しい意思決定に活用できるほどの精度を期待できるのでしょうか。群衆の意見を「叡智」に変える「目」とはいったいどのようなものでしょうか。

このような数々の疑問を受け、私たちは、数々の企業・団体様のご支援のもと、来る11月1日(木)、WEB開発にかかわる技術者、マーケティング・ブランド担当者、大学・研究機関の研究者、および企業経営者の皆様を対象としたシンポジウム『群衆の叡智サミット2007』を開催し、公開討論会の形をとることといたしました。

セッションは3つあり、WEBの世界から見られるコンセプト、オープンソースをはじめとするソフトウェアに関する問題、そして最後には予測市場(Prediction Market)の話にまで切り込みます。この話題の論客として、珠玉のパネラー陣が集まりました。どうなることやら、わくわくしています。

座席数には限りがありますが、お誘いあわせの上、ふるってご参加ください。

http://techstyle.jp/wocs/

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16 September, 2007

NexTalk「OSSとイノベーション」掲載、しかし・・・。

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9月10日、UNIADEXのサイトNexTalkにて、Feature Story:U&U BITS 2007 パネルディスカッション - オープンソースによるビジネスイノベーション インパクトのある打ち手を探るが公開されました。

この記事は、本年6月7日に開催されたイベントの要旨の紹介記事です。

吉岡弘隆さん、宇佐美茂男さん、中尾貴光さん、松隈基至さん(あえて実名列挙)なんてアツイ皆さんとのしゃべり倒しのプログラムが90分。事例の話もわんさとあったんですけどね、ざっと、まとめ記事になるとロジック以外はそぎ落とされちゃうのは仕方ないかな・・・。

こういうライブは本番でサプライズが多いです。是非ご来場ください。

松隈さんはじめ、UNIADEXの皆さま、毎度毎度、勇気ある機会の提供、ありがとうございます。m(_ _)m

- o - o - o - o - o - o - o -

蛇足編:

しかし・・・

でも、写真が・・・
スマートじゃない・・・(当社比) (T T)


レコーディングダイエットの名著「いつまでもデブと思うなよ」の著者、岡田斗司夫さんのブログに掲載されたやせる前画像に激似かも?

okdt版スタート地点の記録を突きつけられたような感じになっちゃってるじゃないかorz

するとmixiで、おごちゃん曰く:
「写真ってのは、『真実を写す』って書くんだよ。」

ぐ・・・。
「ディスってんじゃねーよメーン。(- -;)」

弱い・・・。

# でも、ここで「そんなの関係ねぇ」ではダメよねw

そういえば食欲の秋だメーン。

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24 May, 2007

[event] 6月7日、8日にOSSとWeb2.0を巡る

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6月7日、8日にたまたま連続して別々のイベントをやりますので告知します。OSS、Web2.0とつながりますが、こじつけると両者とも「群衆の叡智(Wisdom of Crowds)」つながりではあります。

■ 6月7日:UNISYS BITS2007トリ「OSSによるイノベーション」
http://bits.unisys.co.jp/2007/information.html#03

ミラクル吉岡さん
HP宇佐美さん
Turbo中尾さん
UNIADEX松隈さん

& わたし。

恒例ですね。もう4回目。笑顔で語る吉岡さんはここだけ。UNIADEX、UNISYS含め多くの会社に直球でメッセージを投げてきました。リピーターも多数おられるようです。

エンタープライズ(企業)、パブリックセクター(公共)の大きな流れがつかめます。


■ 6月8日 NEC eTrend2007 「Web2.0とエンタープライズ」
https://www.nec-conference.com/form/?module=conference
NEC 福岡さん
NHK 尾澤さん

&わたし。

仕込み段階ですが、今までにないメッセージを受けられるメンバーです。

NECほど大きな会社が社内SNSとなるともうひとつの小宇宙ですね。「群衆」の動きには何かのメッセージがある。日本人にとっての「群衆」は実はそれほど大勢ではない。

NHKさんがいるというのはまじでやばいです。私が特に気に入っているコンセプトは「ゼロ秒」。もう、あちこちでゼロ秒ゼロ秒言いまくっています。そのわけは・・・?どこまでそのすごさを伝えられるか心配ですが、乞うご期待。

企業のアイデアとして応用できるコンセプトがたくさんあります。


そこで、

レベル1.とりあえず(両方に)登録(無料)
レベル2.(来れるほうに)来場
レベル3.会場前列にて爆笑 (桜でいいんですってば!)
レベル4.質問コーナーで挙手(滅多に指しませんから遠慮なく!)

どのレベルまででも、ご関心に応じてぜひ。

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09 May, 2007

日経の想像力がたくましい件

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GW真っ最中に日経新聞一面トップに掲載された、この記事。WEB版をコピペする。
無償基本ソフト「リナックス」販売で連合・米オラクルなど

 米オラクル、IBM、NECなど有力IT(情報技術)企業10社以上が無償基本ソフト(OS)の「リナックス」を日本で本格販売するための企業連合を発足させる。政府調達でリナックスの採用を促す方針が打ち出されたことに対応。オラクルが各社と契約を結んで保守を一手に担うほか、特許侵害の賠償も全面補償する。OS市場で圧倒的なシェアを持つ米マイクロソフトに対抗する。

 6月にも日本オラクルの主導で発足する企業連合は情報システムの中核となるサーバー用OSが対象になる。NECなどのほか、日立製作所、ヒューレット・パッカード、デルなど大手サーバー各社が軒並み加わる見通しだ。NTTデータなど大手システム開発会社の参加も内定している。

[2007年5月3日/日本経済新聞 朝刊]


「これ、どういうこと!?」というメールを少なからずいただいたが、私があずかりしることは残念ながらなにもない。ただ、一つの事実は、ここに列挙されている企業群の皆さんの首が、一様に横に傾いていたこと。

そんな折、本日5月9日、日本オラクル社からのニュースリリースが出た。全文をコピペする。
2007/05/09
弊社及びパートナー企業様に関する一部報道について

2007年5月3日に一部の報道において、弊社がビジネスパートナー企業様数社とリナックス販売で連合する旨の記事の掲載がございましたが、当該記事は弊社によるプレスリリース等の公に発表された内容に基づいたものではなく、推測により記事化されたものです。したがって記事中の「オラクルが各社と契約を結んで保守を一手に担う」、「参加各社は手間のかかるOSの保守をオラクルに一手にまかせる」等の記述につきましては、弊社として、ビジネスモデルとしても想定しておらず、ビジネスパートナー様各社ともそのような交渉を行っている事実はないということをここにお知らせいたします。

オラクルでは、これまでと同様、リナックスへの取り組みを世界的に強化してまいります。日本における具体的な対応は、準備が整い次第、順次発表していく予定です。

日本オラクル株式会社
広報部


この否定の仕方は勉強になる。こんな声が行間に見えたり見えなかったり。

「ちょっと、どんだけー?!日経は、自社のビジネスモデルを勝手に想定し、提携相手との連合のスケジュールまで決めてくれやがった! ・・・ まてよ、これからやればいいか?とりあえず、交渉始めてないと言っちゃえば間違いないな。」

「特許侵害の賠償に関わる事業を想定していると、よくぞわかったね・・・。びっくりして身長が3cm伸びちゃうところだった。微妙に当ててくれたから、否定する文章を考えるのに、6日間もかかったじゃないか、、、」

冗談はさておき、、、

7月の政府調達ガイドライン施行をきっかけに変化を目指すんだとすれば、それは、”護送船団”でも”ガレー船団”でもなく、”Uボート”だと思うんだよね。

この話はまた。

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21 April, 2007

FreeMind0.9.0に見た、オープンな戦略議論

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論理思考ツール、「マインドマップ」。これをハンドリングするソフトウェアは数々ありますが、オープンソースのFreemindは、シンプルすぎるほどのインターフェースで用途を選びません。また、Windows、Mac、Linuxをサポートしているのでユーザの環境の自由度も高いソフトウェアです。リサーチャ、エンジニア問わずマインドマップ使いには必携ツールの地位にあると言っていいでしょう。


FreeMind
http://freemind.sourceforge.net/wiki/index.php/Main_Page



Wikipedia "FreeMind"の項
http://ja.wikipedia.org/wiki/FreeMind

Freemind 活用クラブ(日本語)
http://www.freemind-club.com/


私は、2005年に出た安定版の0.8.0以来、アップデートもケアしてこなかったのですが、最近このソフトにはまっているマーケの末吉師とのやりとりをきっかけにひさしぶりに見ると、2007年2月に0.9.0 beta9 が出ていました。(ダウンロードページ)


早速インストールし、ざっと見てみました。カレンダー、スケジュールなどの時系列データのハンドリング機能、MindManager形式(.mmap)の読み込み(MindManagerのほうにはFreemindを読み込むプラグインがある)など、いろいろと機能拡張、問題修正が施されているようです。

(FreemindとPowerpointのアウトラインとの連動方式を模索しているのですが、そこには直接的な打ち手は追加されていないのはちょっと残念。いい案あったら教えてください)



なにより、本アップデートの最大のインパクト印象を残すものは、アイコンデザインと起動画面です。え?そんなこと?いえいえ、ぱっと見とってもかっこよくなっているだけではないんです。

ちょっとこのページみてみてください。



Freemindのイメージを変えようって議論です。

以前の蝶のモチーフは盛り上がったマインドマップの形状を想わせました。

新しい、電球のモチーフ、しかもよーく見るとそのフィラメントの部分は蝶の形になっているところにこだわりを感じます。

Talk:Light_bulb_and_butterfly
http://freemind.sourceforge.net/wiki/index.php/Talk:Light_bulb_and_butterfly

Discussion Forums: Open Discussion
https://sourceforge.net/forum/forum.php?thread_id=1686869&forum_id=22101


それぞれに言い分があります。「電球っていいよね」「焼き切れちゃう上に「自由」というイメージのない電球なんてヤダ」「すんげーアイデアを象徴する電球っていいじゃん。だから電球も蝶もあわせたのがイイ」みたいな具合です。

それぞれが、いつのまにか「Freemindは自分にとって何か」という感覚を醸し出してくるのです。この議論、もっと盛り上がるといいなあ。

単に「広く募集」とか「投票」みたいなものはいくらでもあります。そこから一歩突っ込んで、こういうマーケティング的なテーマでアツイ議論が見られるのはOSSプロジェクトならでは、です。とっても面白い。

OSSプロジェクトはもちろんのこと、リアルのプロジェクトでも試しにこういうのやってみちゃうのはどうでしょうか。

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10 November, 2006

オープンソースへの評価といえるか?マイクロソフトとノベルの提携

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マイクロソフトとノベルの提携に関する一人ブレスト。

Moglen教授のオープンソースライセンスとの兼ね合いなどを懸念する声もあれば、OSDLのオープンソースの重要性への評価だとか、Redhatの勝利宣言とかもあり、オープンソース関連情勢には大きな波紋を呼んだ。

しかし、この提携はマイクロソフトのオープンソースへの評価を意味しているとは言えないんじゃないか。むしろ、どちらかと言えばリスクが高まったかもしれない。(エンドユーザのリスクについてはもう少し考えたいと思う。)

今回の提携で日本での報道ではあまり表に出ない、重要性のある言葉、それは「相互運用性-interoperabilityのための提携」という部分だ。

欧州はじめ、e-Goverment戦略の中で、相互運用性を確保できる技術でないと採用することに問題があるという声は世界中で高まっている。日本もしかり。それに関してマイクロソフトに対し、もっとも厳しく、かつわかりやすい策を打ってきたのはEU政府だ。このキーワードに関連して、EU連合政府はマイクロソフトの技術の閉塞性に対し、巨額の罰金を課してきた。

この状況はマイクロソフトにとってEUはじめe-Govermentというマーケットを大幅に減じかねない巨大なリスクだ。ここで抜本的に改革されるように見える、かつ、EUの策をおさめるのにつじつまがあうような策を講じる必要があったわけだ。

マイクロソフトは、自社のアドバンテージを損なわず、欧州が剣を収められるような、そう、少なくとも相互運用性を確保できるように見えるスキームはないものかと策を練っていたはずだ。自社のソフトウエアをオープンにする以外の選択肢でなければならない。

こういう問題は、企業戦略の観点からは別に難しくない。敵陣営の適格者と戦略提携し、そこをグルーとして使えばいい。世界史、日本史上でも日本の戦国時代でも良く見られた手法だ。

Linuxディストリビューション会社との提携をグルーの役割とするという戦略として、相手はRedhatではなくSUSEというところがポイントだ。欧州出身という色もあり、欧州でのシェアも高い。しかも、傾きかけた自社ディストリビューションのマーケット拡大の動機もある。(八田氏のいうとおり、結果的にSuSEはばばくじを引いたことになるという観測もあって当然だ。)

実際、この提携は広くオープンソース陣営にとって何か情報拡大を意味するわけでもないし、たとえばGoogleのように開発力の提供を得るわけでもない。Novell SUSEとて、たいした技術提携を得られるわけでもない。むしろ、マイクロソフトに技術力を吸い取られる(5年間で35万インシデントも!)こと、双方向にパテント関連で訴訟しないことなど。

(この提携の存在そのものが、オープンソースソフトウェアにすでにパテント侵害問題があることをNovellが勝手に認めてしまったことになりはしないか?これは調べてみる必要がありそうだ。)

相互運用性のための戦略提携ということは、「オープン標準」策定プロセスにおいて、マイクロソフトの発言力を上げることにもつながるだろう。それを実装する担当としてNovell SUSE、キミががんばれよ、と札束で顔をはたかれたという構図にさえ見えるのだ。

かくして、マイクロソフトは順調に市場を広げ、欧州でのリスクをおそらくは大幅に軽減し、かたや、求心力を失いかけていたSuSEのプロモーターが増えるものの、大してオープンソース側はそれによって何かが伸びるわけではない、というオチではないか、と。

以上、オープンソースソフトウェアとマイクロソフトの構図が大きく変わったわけではなく、むしろリスクが高まったのではないかとの備忘録。

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28 June, 2006

KIPA訪問記

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日経BP ITPro Watcher「OSSセンター談話室」というblog(?)に、「Linuxを政府標準に!? KIPAで見た韓国のOSS推進強化アプローチ」という写真つきの記事を寄稿しました。ぜひご覧ください。

今日日本HPの宇佐美さんと話したところによると、Linuxワークステーション市場はメディアではあまり注目を浴びませんが、日本でも一度に数百台単位の組織的導入例が、右肩上がりで着々と進んでいるそうですよ。問題は売り手側の、「パソコン市場だとの思い込み」による思考停止なのかもしれませんね。

道具は売り手ではなく、使う人によって成長する。ビジネスプランニングで陥りやすいパターンの一つとして覚えておきたいと思います。

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16 May, 2006

「オープンソースはわかりにくい」を払拭できるか?OSS iPedia公開

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もう何年も前の話です。ある人に、「オープンソースの関連の話も文書もニュースも、それをちゃんと読むためにはもう一歩踏み込んだ解説が必要だよ、okdt。大事そうなのはなんとなくわかるけど、正直言って読んでいてさっぱりわからない。」と言われたことがあります。なるほど…。確かに、基本的なことひとつ取って見ても、日本語で調べられるツールになりそうなものはないんですよね。オープンソース関連を解説する辞書みたいなものがあればいいのかしら。でも、作るとなると…。そんなことを思った記憶があります。


そんなわけもあり、2006年5月15日、IPA OSSセンターが、オープンソース情報データベースOSS iPediaを公開したのをとっても喜んでいます。OSSの性能情報OSS導入事例、そしてナレッジベースとしてQ&A用語解説ディレクトリを盛り込んでいます。


OSS普及拡大の観点からすると、これが、「オープンソースはわかりにくい」という声に応える、リーディングツール(reading tool)になることと、ここ最近のエンジニア、例えばミッションクリティカル系のエンジニアで、OSSに関する理解を得なければならない状況に置かれている方々にとっては、有用なリファレンスのひとつになるんじゃないかと思います。


本サイトは、昨年の秋よりIPA内に設置された、データベース検討委員会、後のOSSセンターのデータベースWGにて主にアレンジされました。この委員会はNTTデータ玉置さんがまとめ役をしてくださったんですが、これに参画させていただいたのはとてもエキサイティングな経験になりました。このサイトが 非常に多くの方々の協力によるものであることが「謝辞」のページに記載されています。


5月15日、フェーズ1の公開を素直に喜んでいますし、すでに「ライセンス関連の情報が役立った」などの声も寄せられていて、とてもうれしいです。もっともっと「使える」ものとしていけたらと思っています。


そのためにも、まずは自分が読んで勉強せねば。

http://ossipedia.ipa.go.jp/

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09 December, 2005

IT飽きてくと

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朝っぱらから、ash.氏と「IT飽きたって言ってたんだよ」なんて話をメッセージでやりとり。

ITアーキテクト業がだんだん面白くなくなるのはなぜだろう。

ひとつには、「おれってもしかして天才?」と思える、「あの」瞬間を感じる頻度が減っていくからではないかな。上流工程のマネージメントにいけばいくほど、つまり、いわゆるシステム構造設計、あるいはプロジェクトマネージメントという職種では、あの感覚を得にくくなる。一般化してゆき、月並みになってゆき、その上、out-of-control マターが多すぎる割りに、成果もツマラナイのだ。ある程度儲かりはするが、ツマラナイ何か・・・。

そう、あれだ。

構造設計といえば、今話題の某建築士の事件を指差して非難できるITアーキテクトってそれほど多くないぞ。彼は、ちゃんとやる方法とコストもわかった上で、外圧で鉄筋を抜いた。もちろん不正は不正だが。一方、ITの世界だとそれが「不正」とも定義されていないから、ちゃんとやる方法さえわかっていなくても、現時点でつぶれてなければさらしものにされない。「工法が安定すればITの世界でもそうなっていく」との意見もあるが(紀氏)。

要はそれがないのをいいことに、外圧だろうが無知の設計だろうがITの世界はなんでもアリで、鉄筋を抜いてあるどころか存在すらしない設計が普通にまかりとおってしまう。でもって、「震度5強」のような、過負荷がかかって出た不具合を、サーバ、ディスクの「寿命」なんて呪文をとなえてさらに高額のリプレースを正当化し、投資をさらにひっぱる・・・。

ニコラス・G・カー著 DOES IT MATTER?(「ITにお金を使うのはもうおやめなさい」)という本は、HBRで、"IT Doesn't Matter."という論文として掲載されたものがベースになっている書籍だ。うまいタイトルだ。ITは役に立たない、というそもそも論を展開するものでも、情報そのものや使う人自身の有効性を否定しているものでもない。むしろ、多くの局面において、思い切って「金食い虫」のIT投資をやめてみろという。

ITの世界で喜びを見出そうとする人にとって、これは必ずしもマイナスにはならない。持ち家のメンテナンスが建替えに終始しないのと同様、ITの世界でも「ビフォー・アフター」はありえる。きちんとした設計とそうでないものはやがてはっきりする。今あるものを活用、改善することが不可欠になるからだ。設計だろうと、実装コーディングだろうと、きちんと作れる、直せるみたいな、その種の「快感」がよみがえってくる現場が増える可能性がある、匠の世界。そこがオープンソースの真骨頂かもしれないと思いきや・・・。

>「だからいま binary 2.0 なんですよ。」(ukai氏)

はっ、そうくるかー。(@_@; ソースコードのハックに飽き足らず・・・。
確かに、under control領域が拡がると、快感も増すものだよね。うむうむ、と、うなずきつつ、一週間続いている偏頭痛をlivepatchできないものかと薬局へ・・・。

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17 May, 2005

OSSプロジェクトの共感と意欲

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「コードも書かない人に言われたくはない」 正直で、エモーショナルな言葉。それゆえに、共感、反発、共に大きな反響を呼んでいます。でもこの議論、「言われたくはない」、何を言われたくないのか、なぜ言われたくないのか、もっとそこを議論したいと思いました。

発言者の三浦さんの原文では、
「だからこそ、CodeFestを日本で開く応援をしたい、推進派になった。人材育成とか、日本発のOSSとか、コードも書かない人に言われたくはない。一緒に取り組んでいる仲間を増やすこと、同じ空間と時間を共有して、フリーソフトウエアの世界を確かに広げた実感を共有すること、それこそが醍醐味ではないか。 」

人材育成と日本発のOSSが例に挙げられています。これはよく考え抜かれた指摘ですね、要するに誰と一緒に仕事をするか、そこで何を成果として作るか、これをコードも書かない人に言われたくない、と。 仲間と共感でき、そこで意欲的に成果がでることがサイコウにうれしい、と。ここは事実提示です。

すると、コードを書かない人に「言われたくない」ことがあるとすればそれは、開発組織における「共感」や、成果物への「意欲」が度外視されるケースだということでしょうか。(小飼さんの「コードだけでOSSの世界が回ると思ってんのか」は、そりゃそうなんですが突っ込みポイントはそこじゃない、という感想です。) 昨今の三浦さんのご活躍の現場で、何度となく彼自身が板ばさみに会い、まさに苦悩ゆえの発言だと連想されます。

さて、その「仲間との共感」「成果物への意欲」は、ものづくりの立場にとっての軸と、要件を出す立場にとっての軸とは表現も価値観も異なります。けれど、そこの問題を提起するのであれば、「その溝はもう埋めたくありません」と言ってしまうと、そこの問題解決による発展の可能性を低めるというリスクがありますね。 共感や意欲を共有できるかどうかは主に、外的要因よりも内的要因のほうが大きいからです。内的要因でシャットアウトされると手の出しようがなくなります。

ですから、OSS開発では、開発者もユーザも一体になってはじめて意欲的な成果物に成長する、というシナリオを目指します。そして、成功しているプロジェクトに「コードを書かないプロデューサ」がいることは珍しくありません。OSSにおいては、なおのこと、「共感」と「意欲」がシンクロしている、あるいはシンクロさせる努力が必要だというわけです。

名前を挙げれば続々と、まさにそういうことをしてきた人たちが存在します。開発者、プロデューサ両方の側面ができる人もいます。マーケティングからやってきて、一生懸命理解しようとしてきた人たちもいます。そういう人たちは、自分ではなく、開発者を中心としたマンダラート、ユーザを中心としたマンダラートの両方を持っているゆえに、各ステイクホルダーとの調整ができるし、期待されているわけです。


OSS開発のステージの大きな変化

ところで、その対立構造とは異なるところで、不思議と同じ論点があり、そこでは相互に議論がものすごく盛り上がっているという動きがあります。 それは「コードを書く人」の中での話です。

いくつもの大きなベンダーやSIerがメインフレームの人間、ミッションクリティカル系技術者を駆り出してまでオープンソース開発セントラル組織を作り、実際にOSS開発を前提に基礎開発をばりばりやっています。この動きにより、OSSとは全く別のところにいた、よく訓練された技術者に新たなステージを与え、しかもこれが少なからぬ意欲を与えることに成功しつつあります。 これらが表面化するのは時間の問題でしょう。

最近、そういう方々を公の場でインタビューする機会がありました。(吉岡さんのレポート参照のこと)「メインフレーム屋」でありながら「OSS開発プロジェクト」をどうしていこうか真剣に考えている人たちです。 彼らの主な特徴としては、OSSの「自由な開発」「自由な意思決定」という部分はよく解らない。しかし、品質や時間の観念、障害解析に関するリテラシーはものすごく高い。これまで閉塞的なところから突然やって来たという意味で仙人のような人たちです。

一方、これまでの「みんなでふもとからコツコツ上がってきた人たち」は、そうした情勢の中で組織的に参入してくる「山から下りてくる仙人」とどのように共感し、分かち合っていくのかが大きなポイントとなります。Linux Kernel MLでのLinusのカーネルダンプ問題しかり、そこには大きなエネルギーがいります。 その議論をデフォルメして言えば、企業のミッションクリティカル要件にとって必要だから、壊れたときのための機能を作らなければならない、という集団と、壊れない良いものを作りたい、そういう作りたいものを作っていこうよ、という集団の議論です。 そこは、理屈よりも「共感」が必要な世界だし、目指す成果への「意欲」の問題でもあります。

それで、両者にある見解の違いを中心に、どうするのか議論が盛り上がっていることは、OSSの発展の歴史において、これまでにないすばらしいことです。この動きはソフトウエア開発モデルの歴史に残ることだと思います。 OSSプロジェクトにおいて新規に関係者が増えていく際に、とにかく議論のテーブルがあることは必須です。

まつもとゆきひろさんがおっしゃるスローガン、「コード書きの気持ちがわからないとオープンソース・エコシステムで成功できない」というメッセージは、孤立ではなく他者との関係で自分の目的を達成したい当事者においては、全員にひとしくあてはまると思います。俯瞰的に自分のポジショニングを確認するんなら、各立場からの観点で出されるメッセージを中心にマンダラートツールで思考をはじめていくと面白いですよ。開発者、ユーザ、支援者のどこをスタートとして書いていくにしても、最終的に大きな一枚の絵に描くにはなにが必要なのか思考する助けになるように思います。

いくつかの立場を理解できる人、客観的な目撃者として指摘できる立場にいる人間は、必然的に注目を免れない傾向があります。開発者自身、あるいはプロデューサ自身、ユーザ自身の意見よりも重く見られるために奥歯にものがはさまってしまう。そういう意味では、今回の件にまつわっては、皆さんストレートで、熱いメッセージが飛び交っています。吉岡さんしかりきんねこさんしかり・・・、反応リンク集まで。発展を目指して語る以上、議論を恐れてはいけないですよね。これからも、臆せずにメッセージを出していって欲しいですね。

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07 September, 2004

オープンソースの責任の所在?

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マイクロソフト社のバルマー氏は、自身の講演においてLinuxについてどう考えているかについて示した際「Linuxのアキレス腱は誰も責任を負わないこと」だと述べています。これについて、いくつかのblogで「じゃあMSはどうなんだよ」との指摘を拝見しました。いずれの主張も、なにがしかの事実や現状を観察して出てきたものでしょう。ただ、残念ながらこの講演を直接聞いていないのですが、わたしがバルマー氏に質問できるのなら、ビジネスとしてどの局面において「責任を負う」ことが欠落していることを指摘したいのか、そこを尋ねたいですね。

「ソフトウエアそのものの責任を負う」?

LinuxカーネルにせよUNIXライクに統合されたものにせよ、複数の人間によるプログラムの複合体であることは言うまでもありません。プログラムが企業によるものであれ、個人によるものであれそのコードに対する責任をプログラマが負っていることは事実です。つまりプログラマが企業ハードウエアに対応するデバイスドライバをIBMやNECのような企業が作ってオープンソースとしてコントリビュートしているケースでも、個人が何かのコードをコントリビュートした場合でも、です。

対価は金銭とは限らないのは言うまでもありませんが、とにかくそれに対しその「責任を果たす」ということを、コードを公開し、著作権者を銘記し、フィードバックを集約していくことなどの方法で果たしています。それを怠ると、そのコードは、他人に引き継がれるか、オルタナティブコードの出現などにより淘汰されていきます。つまり、時の経過と共に、より効果的に責任を負う著作者によるコードへと選択されていきます。

別にオープンソースだから責任を果たしやすく、プロプライエタリだと責任を果たしにくいというハナシではありません。無責任なコードが永久的に許容されつづけないことをどう保証するのかについて、プロプライエタリなソフトウエアとオープンソースソフトウエアではアプローチが異なるだけです。(この部分はもう少し話したいことがありますが、今回はここで止めます。)

「ソフトウエアの利用に責任を負う」?

オープンソースソフトウエアによるビジネス実現に対価を得ることは構わないことになっています。プロプライエタリなソフトウエアは有償でライセンスを取得することにより、活用することができます。この局面で、インテグレータはMSのようなプロプライエタリなソフトウエアも、オープンソースソフトウエアも、どちらでも選択することができます。この場合に、MSのような主体者がないオープンソースソフトウエアに関する責任は誰がとるのか、という問題があるでしょうか?ありません。オープンソースインテグレーションの責任においては、シンプルな話、対価に対しその責任があるというのが答えです。

築地で寿司を食べる場合、客はその寿司のクオリティの責任を誰に求めますか?魚自身にですか?漁師ですか?市場関係者ですか?運送業者ですか?違いますね。寿司屋に求めます。なぜか。単純に、客は「寿司屋のサービス」に対価を払っているからです。それがインド洋のまぐろなのか、近海モノなのかなんてのは関心はあるかもしれません。が、責任という観点では、それはどうだっていいんです。「近海モノがおいしいらしい」という理由、あるいは最近見た「あるある大辞典」で知った知識をもとに(ものの例えです)、「近海モノ」を注文することがありますが、それでも「寿司屋のサービス」に対価を支払っているのです。

寿司屋は、その魚のクオリティを確保するために、あらゆる手段を使います。実際に海に出ている漁船を調査したり、市場関係者の特定の目利き人やディーラーに選定をアウトソースしたりと、さまざまな方法をとるわけです。どうするかは寿司屋が決め、寿司屋は素材に対しその対価を支払います。この連鎖の最後は「海」ですが、ここはオープンソースソフトウエアよりもはるかに「責任」の所在が見えない世界です。もっともはるかに安定し、完成しているように思いますが。いずれにしても私たちはそれに依存して生きているのです。神は偉大です。

もちろん、Redhat、TurboLinux、MiracleLinuxのようなディストリビューションベンダーが負うべき範囲は当然存在します。彼らは編集価値により対価を得ていますから、どのソフトウエアを自分たちのディストリビューションに含めるのかに関し、責任があります。自分たちも開発に参加することにより、その責任を果たしやすくなっているのでしょうが、それでも全部を自分たちで作る必要はありません。また、Debianのように、ボランタリで編集価値を生み出しているものもあります。彼らは彼らなりに「対価」が何であるかを知っています。

そこで、インテグレータは、どの方法で「素材」を調達するかを考え、選択します。良くないものは使わなきゃいい。ただ、シェア、評判、情報、あるいは経験など、どの根拠によって選択するにせよ、それが顧客の要件を満たしているものであることを証明する責任があります。それに対して対価を得ているのですから。

問題は、「オープンソースソフトウエアによるシステムの品質に責任を持つのは誰ですか?」と顧客から尋ねられたときに、SIerが「最終的に導入するインテグレータ、つまり私たち」だと明確に答えようとしないことではないでしょうか。最近、あるインテグレータ会社の社長さんと話していて、「この厳然たる事実を誰も明確に述べようとしない」と言っておられました。指をさして、「あいつのせいだ」と言いたい傾向のためです。マイクロソフトの製品がハングアップしてブルースクリーンを出しても、「うちのせいじゃありません、MSのせいです」と。食中毒を起こした客に、「最近の築地は良くなくてねぇ」とか言うのと大差ありません。

市場がないと寿司屋が経営できないのと同様、外部から調達したものをもりあわせてサービスにするという図式は非難の対象ではありません。むしろ、現状のITサービス提供連鎖においてエンドユーザから最大の対価を得る位置にいるインテグレータの目利き力不足で、かつ自分でロクに扱えないものをテキトーに扱って対価を得ているのであれば、それこそ非難されるべきだということです。オープンソースを扱ってなにがしかのサービスあるいは製品を提供する企業が、誰でも扱えるなどのメリットだけを享受し、その品質や性能に関しあまりにも無責任、という状況に問題があるのでしょう。

バルマーさんがこう言ったのであれば良かったのに。「オープンソースで無責任なビジネスをやる会社が多い」と。
ほんとはマイクロソフトさんこそお困りのはずですしね。あ、いや、矛先がそれてラッキーだったのかな?;-p

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27 July, 2004

IPO目論見書読書会:「本格的な」オープンソースビジネス?

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IPO時の注目:「目論見書」

テンアートニのマザーズへの上場承認が7月1日、発表されました。同社はJava、Linux、RedHatなどというキーワードに関連する会社です。Javaや商用製品ディストリビュータとしての業績と、数年前に合併した喜多さん率いるNothern Lights(ノーザンライツ)ブランドのハードウエアでも知られています。

IPO(株式公開)発表における関心が集まるのは、上場資料、目論見書の「事業リスク」に関する説明の項(英語ではRisk Factor/Prospectus/Form 424)です。この欄は数年前に上場したぷらっとホームの書類にはオープンソースソフトウエアとビジネスの関係について、日本の株式史上初めての解説がありましたし、米国Redhatの「リスクはインターネットがなくなること」など、企業の活動方針の主張として興味深いものがあります。


事業に関する記載

今回、テンアートニの目論見書は「新株式発行並びに株式売出届出目論見書 」の第二部【企業情報】にあります。まず、同書11ページ (PDF内の24ページ)に「3【事業の内容】」、リスクについては同書20ページ (PDF内の33ページ)からの「3【対処すべき課題】」、「4【事業等のリスク】」に記載されています。

同社はまず、「事業の内容」を示す部分で、オープンソースのLinux導入のメリットとして、開発コストを低く抑えることができる、コスト競争力がある、という点のみを挙げています。リスク説明においては、Javaのリスクとして他の技術の台頭の可能性を挙げているのに対し、Linuxに関しては、製品を販売するという観点に特化して記載されています。

そして、事業の課題として3つの要素、すなわちLinux関連の人材確保育成、Linux訴訟問題、Java製品の拡販すなわちパートナーシップの確保について言及しています。

リスクを説明する部分で、訴訟問題の可能性としてSCO問題について「(5)知的財産権について」という節で言及しています。この問題に関しては、レッドハット株式会社(日本法人)とのビジネスパートナー契約、そしてOSDLとの協力による情報収集に務めるとしています。


ひとつの視点「本格的なアプローチ」

パートナー戦略などにもいろいろ突っ込みどころはあるんですが、ここでぐっと視点を絞るとすると、「テンアートニは本格的なLinux企業としてオープンソースによるサービスにどう取り組むのか」という点をみることができます。

大前提として、現在、Linuxは、ボランティアプログラマの集団によってではなく、企業内にいる職業プログラマによって開発されています。それは企業として成果物をオープンソースとして世に出すことにコミットしていることを意味しています。ですから、「開発コストが安い」、というのは、現在のLinuxには当てはまりません。他の主要ソフトウエアに関しても、政府や団体によるスポンサーシップや、開発主体企業が存在し、成果をオープンソースとするスタイルが多くなっています。開発は決して、無料ではありません。総じて、オープンソースソフトウエアそのものを「開発コストが安い」と言うのはナンセンスです。

ユーザへの影響でわかりやすいのは、オープンソースは、その「利用」に関して自由であり、オープンだという点です。オープンソースソフトウエアの特徴が「コスト競争力」ではなく、その「開発プロセス」にあり、それゆえにプロプライエタリなソフトウエアと比べて、ユーザがとるべきリスクが上にも下にも異なるという点があります。

すると、その利用の自由に伴う責任 - リスクも含む - については誰にかかってくるのでしょうか。顧客から対価を得たインテグレータがユーザに対して責任を負うことになります。ユーザはLinuxを買うのではなく、道具としてその機能を買うからです。Linuxを使ってそれを実現することにより、対価が発生しますから、その対価を受け取ったインテグレータはその品質に責任を持たなければなりません。そう、オープンソースインテグレーションの品質に責任を持つべきなのは、そのインテグレータです。

インテグレータの立場でこれをどのように行なうかについては、あえて平たく言いますが、「深さ」があります。これが、トラブルシューティング能力や、新機能、想定以上の規模への体力を図るものとなります。

  1. ソースコードは使わない。ディストリビューションのバイナリを使う。

  2. makeするときに必要に応じ使う。それでも、大抵コードそのものは見ないし、直さない。

  3. 障害があればソースコードまで追いかけ、パッチを提供。新機能が欲しければ開発に参画。

深度1の会社は無数にあります。プリインストールサーバで済む話であれば、インテグレータの必要もないかもしれません。設定さえすれば完結しますので、オープンソースソフトウエアを使うかどうかさえほとんど関係ありません。深度2は、アプリケーションを手がける会社ではやっていることもあります。深度3まで行ってはじめて、「ソースコード」が関係してきます。インテグレータの立場では、この深度3からが「オープンソースソフトウエアを扱う」ことを意味します。深度3以上として、「なにかの開発母体、主体になる」というレベルがありますが、それはインテグレーターのサポートレベルの議論とは別の話にも思えるのでこの論点からははずします。

テンアートニ社の目論見書を見る限りは、生じ得る問題の対応をRedHatとOSDLの陰にひそめるアプローチをとっています。はっきり言えば、明確にされているのは深度2までです。RedHat社との関係次第。しかも日本法人。ティファニーの代理店って、ティファニー以上のものにはならないですよね。米国のRH株価はティファニーに例えるにはオソマツだとは思いますが・・・。いずれにしても芳しくないです。

ただ、実のところ、どうなんでしょう、プロフェッショナルコンサルティングや、ハードウエアの開発事業をするわけですから、深度3が十分あるはずです。それなのに、どのように取り組むのかについては、語るに落ちることを避けたかったのでしょうか、この目論見書では読み取れませんでした。 それでも書きようはあったと思うんですね、、、。ソフトウエア開発能力の維持について、あるいはOSDLでの担当について、など・・・。オープンソースによるサービスはそこがポイントなんだということを、喜多さんはご存知のはずだと思うだけに、やや残念でした。

上場で集めた資本をきっかけに、より「本格的な」オープンソースサービス企業としてのご発展を期待したいと思います。

■テンアートニのIRサイトと目論見書
http://www.10art-ni.co.jp/ir/index.html
http://www.10art-ni.co.jp/ir/pdf/040701mokuromi.pdf

■ぷらっとホーム上場年度のIRサイトと目論見書
http://www.plathome.co.jp/about/ir/release_2000.html
http://www.plathome.co.jp/about/ir/pdf/kari.pdf



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08 March, 2004

ドラスティックな改善。

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IBM dW:「カーネル比較: 2.4と2.6でのWeb処理」
その昔某社ですれ違ったvery cuteなKeita君のblogより。

WEB処理を例に、Linuxカーネル2.4系と2.6系を比較し、どれほど向上したかについてまとめた簡潔なレポートだ。2.6のポテンシャルを示すために、ハイパースレッディングへの対応などの新しいフィーチャーについて要所要所よくまとめている。Linuxではイマイチといわれていたスレッド周りに関しても、Native POSIX Thread Library (NPTL)の採用による改善状況に言及している。

で、「同じシステムで同じ作業負荷の場合、Apacheサーバーのシステム利用効率は2.6.0-test5カーネルを使った場合の方が、2.4.18カーネルを使った場合よりも高く、6倍のWebページ数を処理しています。」と。6倍の向上だって?!なんとも大胆にさらっと言いましたね、、、。そんな改善は、怖くてそう簡単に口にできないなあ。他のビジネスマターなら、実態調査に掘り返されるような数字じゃないのさ。

そんなドラスティックな改善を気持ちよく受け入れられるのは、きっとオープンソースだけだ。

# とりあえず、セールスデータのレビューをしよう。

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28 January, 2004

Perl俳句コンテスト−Haiku Contest

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英語で俳句(Haiku)というのは、初耳ではなかったが、あまりゆっくり見たことがなかった。英語でHaikuを書く方法をガイドしているサイトを調べてみると、about.comのHow To Write a Haiku Poemや、PIZZAZ!... HAIKU POEMSなどのページを見つけることができる。それらの説明によると、Haikuは、自然に観察できるなにかの話題について、5、7、5音節の3文構成でなくてはならず、インスピレーションというよりも考え抜くことが必要だという。なんか、本格的だなあ。

後者のサイトにはHaiku contest in Brasilなどのリンクがあったので、どれどれと、検索してみると、ドイツ語やその他の言語でもhaikuコンテストが開催されているようだ。中には5,7,5のリズムに縛られないものもあるが、この短くリズミカルなshort poemに魅力を感じる人々が日本語に限らず、世界に広がっているのが良くわかった。これまで開催されてきたHaikuコンテスト、なかでも技術系の入賞作品の中には、ため息が出そうなほど秀逸なものもあるようなので、ぜひ探してみられると良いだろう。(Google:haiku contest

2004年1月21日発、カナダのActiveState社のアナウンスによると、同社はPerl言語で書かれた「Haiku」のコンテストを開催するという。このPerl Haiku Contestの御題は、「Why I love Perl」となっている。部門は2つあり、ひとつは英語のHaikuなのだが、もうひとつはプログラミング言語Perlのプログラムで書くという部門があるから驚きだ。5,7,5の音節にどうやって当てはめるんだろう?!しかも実行させることができるなんて。

自然言語とプログラミング言語の違いは大きい。自然言語同様、ひとたび努力してプログラミング言語をきっちり習得すると、他の言語を習得するのは意外とたやすいものなのだが、自然言語とプログラミング言語の距離は縮まりにくい。しかし、いろんな意味で、その距離を狭めることを志している人もいる。今回のコンテストに、プログラミング言語が人の意思を書き綴るのにどれほど進歩したのかを垣間見ることができるのでは、と、大変楽しみにしている。

Enter the contest now at: 応募してみますか?

(2/15)入賞結果発表が出ました!:Winner!

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12 November, 2003

「オープンソースでどこまでできる」はどこまでできる?

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※記事が全三回、ITProで公開されました(リンクは記事の最後)。[11/20]

実は、日経システム構築10月号に「オープンソースでどこまでできる 第6回 Webアプリケーション開発言語PHP」の記事を寄稿した。その記事はいろんな意味で反響のあった記事だったので少し紹介したいと思う。PDFlibは定評を伸ばし、その後も右肩上がりで採用事例は増えている。一方、同記事でコンペティタを正しく紹介したばっかりに某社の代理店一覧からは消されてしまった。(もちろん、業務には全く支障ないのでご安心を)

PHPテクノロジそのものに関しては、良いことばかり書くのではと思われがちだろう。コミュニティ的にはPHPユーザ会プログラム委員長をつとめてきたし、PHPのブランディングをビジネスのひとつのポイントとしてきたからだ。しかし、「オープンソースの可能性」に関する記事であるからには、弱点もばっちり明確に指摘できなければならない。

もちろん、それなりにバランス感覚を持ち合わせているが、この手の記事においては、多少自社の利害が関係しても、良いものは良い、そうでないものはそうでないと言えなければ、岡田も焼きが回ったといわれることだろう。そうではないことを示したまでだ。その点、本記事担当の日経BPの記者や、編集長は、「真実なこと」は何かということにこだわる姿勢のために最後まで非常に誠実に尽力してくださり、くだらない言いがかりの対応をしてくださった。まあこの件に関しては、機会があれば話すとしよう。

さて、その問題の記事の前半部分がITProの記事としてトップページからリンクされ、掲載された。ITProは最近、「ITProオープンソース」というコーナーを設けているので、こちらからもリンクされている。読者の予想に反して、非常にわかりやすい記事になっているはずだ(笑 記事の文字数圧縮のために、語調や言い回しなどはわたしの文章の原型をあまりとどめていないが、間違いなくわたしの文章がソースとなっている。

この記事(システム構築10月号およびWEB掲載分)の反響は結構あり、TechStyleへの誘導数などをみても、評価向上にもつながっているようだ。また、共感を覚えてくださった方々からのメールというプレゼントにも随分励まされている。

福岡の柴田(ひ)さんからは、感想文つきのメールをいただいた。久しぶりのご連絡、本当にどうもありがとう。今週末の関西でのご講演もがんばっていただきたい。かつてコミュニティで共に額に汗したメンバーが、オープンソースビジネスの切り盛りをしているというのはうれしいことだ。

なお、この記事、その(2)も近日中に公開されると思うので乞うご期待。なお、この印刷されたものが、日経BP社のご好意で弊社オフィスのわたしのデスクに山積みされているので、紙で読みたい方はメールなどで遠慮なくお申し出くだされ。お送りしたいと思う。

「日経BP ITPro」
「日経BP ITProオープンソース」

寄稿記事:【オープンソースでどこまでできる】第6回 Webアプリケーション開発言語PHP
〜短期開発に適した柔軟な言語/性能や安全性の確保に注意
(1)概要/多くの連携機能や関連ツール
(2)JavaServer Pagesとの違い/永続的接続やキャッシュで性能向上
(3)大規模アプリでの開発効率低下を防ぐ

コメントくださっている方へのリンク:
PHP観測所〜PHP 関連の動向ヲチ

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05 June, 2003

ESRによるOSIのポジションペーパ

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紹介するまでもないが、誰が書いたのかということがあまり説明されていないのであえて書くと、「オープンソース」ではおなじみのエリックレイモンド(ESR)による、SCO vs IBMのUNIX関連訴訟についての、ポジションペーパの日本語訳。オープンソース陣営への影響、そして歴史の経緯から見た、裁判の方向性に関する勧告も含まれている。

opensource.jpが何モノなのかが非常にわかりにくいよ、さどっち、とかそういう突っ込みはさておき、ESRの、あのとってもわかりにくい、よく言えばnobleな英語をここまでわかりやすく訳したのは、さすがトップスタジオというところだろう。またOSI-jp(仮にそう呼ぶことにするが)のこの迅速な翻訳タスクへのシフトは高い評価に値する。

さて、ざっと読むに、今後の係争に対するポジションペーパというより、だんだん、もう済んだ出来事に思えてきて、判例を読んでいる気分になったのはわたしだけではあるまい。「UNIXの歴史に関するチュートリアルではない」と書かれているものの、オープンソース開発と発展の大綱をつかむには、へたなクロニクルより、こういう「もめごと」を中心にした体系はわかりやすい。

このドキュメントに対するSCOによる反論文書、あるいはIBMによる追記などが出るともっと面白いのだがね。

IBMについて言えば、日本においてさえ、社内のオープンソース開発関係者には、「オープンソース関係者の刻印(烙印ともいえるかな)」の押印を徹底している。これは結構知られているようでそうでもないのかもしれない。自社の取り組みについて見せるには絶好の機会なので、どのように見せてくるのかも楽しみにしたいものだ。(同様のセパレーションの努力を日立も行なっていると聞いている。)

この問題がどのようなプロセスを経て決着を見るか、そしてその決着として企業としてのSCOがどのような生命維持活動をするのかだけではない。観察者であるところの、さまざまな業態に及ぶオープンソース関連の開発事業を行う主体者、また支援者にどのようなリスクヘッジスタンダードが流布されることになるのか。

観察してわかったことをまとめていくつもりだが、せっかくの機会なので仮説をたててみようと思う。

(add your comments!!)

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30 April, 2003

「Linuxガイドサイトクローズのお知らせ」

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本日、オールアバウトのLinuxガイドサイトのクローズのお知らせを含むメールマガジン最終号[保存版データ付]を送信しました。以下に抜粋を記載します。

該当WEBサイトのお知らせ欄に「4月30日をもってクローズすることになりました」と記載してから、個人的に、またMLなどで「本当?エイプリルフールとかではなく?」というお声をいただきました。

オールアバウトのサイトの4/1のリニューアルをご覧いただきますとわかりますように、「コンピュータ・インターネット」チャンネルは名前を変え、「パソコン・インターネット」チャンネルとなりました。皆様もおそらく、このサイトが初心者、ネットビギナーを支援するサイトとして注力していく様子が伝わったことと思います。

わたしも実際、このサイトのほかのチャンネルを見るときは、「ラーメン」ですとか、「ダイエット」など生活系のガイドサイトを中心に見ているところがありますし(^^;)、オールアバウトの強みはライフ・エンターテイメント関連でのユーザ支援にあると言って良いと思います。

そのような経緯で、プロデューサとの度重なる会議の結果、全体の再構築のため、他の専門性の高いガイドサイト同様、Linuxガイドサイトも「クローズ」ということで合意いたしました。

私個人としましては、Linux関連の情報やインターネット上のリソースをまとめたものを今後も発信・啓蒙していくことはライフワークのひとつだと考えています。今後も各種コンファレンス、イベントのほうでもお目にかかれると考えております。あわせて、私の個人サイトにて成果の発表先に関してもアウトプットしていきます。きっとお役にたてると思いますので、どうぞご覧ください。

オールアバウトサイトが一層、皆様のライフスタイルを広く支援するサイトになっていくことをご理解いただければと思います。Linuxガイドサイトをご支援くださり、本当にありがとうございました。引き続き、叱咤激励をよろしくお願いいたします。皆様のますますのご発展をお祈りしつつ、、、

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22 August, 2002

外資系ということで、だと?

post to del.icio.us
>「外資系ということでもう一つ安心感、信頼感をユーザーに与えることができ
>なかった。Linuxに造詣の深いSRAさんに親会社になってもらいたいと思い働き
>かけてきたが、6か月の話し合いを経てSRAさんの完全傘下に入ることになった
>」(ターボリナックス・ジャパン社長で新生ターボリナックスの社長に就任�>定の矢野広一氏)という。

岡田コメント(原稿ドラフト)

「外資系ということで」の一言が引っかかる。マーケティングやブランディングの問題であることは事実なのだが、その問題の中心を直視できているのかどうか。外資系ということはユーザは一切意識してこなかった。むしろ国産であることの印象のほうが強い。それだけに、国内における開発・サポート体制の顔が見えないことが支持者層に訴える力不足に結びついていたのは否めない。

オラクルとの政治的生命線がとだえ、またMiracle LinuxがTurboベースからRed Hatベースに変わった時点で、国産ディストリビューションとしての新たな活路を見出す苦渋の旅が始まったはずだ。そこででた一つの戦略がデスクトップ市場だ。実際に、今年リリースされてきた Workstationシリーズは良くできているとの意見が聞かれる。一方、エンタプライズ分野での威力は衰える一方である。それは、アップデートパッケージについてもいえる。

実は、5月、6月ごろにマーケット戦略関係筋には同社のデータベース関連製品のリリース(以下、Turbo DB)が用意されていることが伝わっていた。その背景にはPostgreSQLのブランディングに力を入れ続けている、SRA傘下に入るための方向性を示すためだったとも伝えられている。United Linuxリリース、SRA買収リリース、Turbo DBリリースの順番をどうするかは非常にシリアスな問題だったに違いない。

ステイクホルダーである株主に対する戦略として、一部には「新しいビジネスモデルだ」との冷笑もあるようだ。というのは、Turbo Linuxがその出資企業に対し今後の方向性や企業としての事業存続についての目途が立たない状況で、その真っ赤な株券を換金するためには、上場会社に吸収してもらい、SRAの株券に化けるのが最短距離であるからだ。

しかし、SRAが中、長期的に市場に好感を持たれるようにする必要がある。一つには、今回の吸収が赤字会社の救済だということはどうなのか。また、SRAのSIerとしての自由度を狭める結果になりはしないかという危惧を与えるのは大いにマイナス要因ではないか。一方、SRA株はここのところ激しくアップダウンを繰り返しており、ここ最近も底値を更新していた。予測筋もあり、昨日45円の値上がりを見せた。ここ数日の一時的な値上がりも予想されるだろう。しかし、これでは、SRAの株価の先行きに大きなインパクトがあるどころか、マイナス要因にならなければいいのだがと危惧するところである。

いずれにせよ、Turbo Linuxのデスクトップ市場、サーバインフラ市場、特にデータベース市場への各々に対するこれまでのアプローチに対し、SRAがどのように舵取りをしていくのか、またSIerとしてのSRAがそれをどう扱っていくのかを見せることが当面の緊急課題だ。それは、技術的な問題にとどまらないということだ。

p.s. なお、この時点でここ2日間にわかに上がったSRA株価は下がり始めている。

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