30 December, 2009

あっさり1400+365文字まで書けた件

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なにこれ、woofer? 英辞郎曰く、「低いうなり声[音]を出す」

そうするとここでは「つぶやく」感じではなく、ぶつぶつと好きなことを延々と言えというわけですね。あまり人として充実した感じはしないが、まあ人の言うことなんて自分にとっては名言だが聴き手にとってはうなってる程度なのかもだね。

このインターフェース、なにが一番のキモかってこの文字数カウンターだよね。Twitterでは、「あと何文字書けるか」を140から減じていく方法で表示させるのに対し、Wooferでは、「あと何文字書かなければならないか」を-1400から加算していく方法でひたすら「0」になるのを目指させる。

で、どれどれ、と書き始めると、なかなか1400文字も行かない。最初はこのページの雰囲気に引っ張られて、普通にtwitterぽく書いていくわけだが、少々長く書いたところで-1241とか書かれていて、

「あはは。おまえ、そんな程度しか文字書けないのかよ。ずいぶん体力落ちたな! twitterなんぞで中途半端に情報メタボになっちまってるんじゃネーノ?(爆」と言われてる感じだ。「そりゃこのインターフェースの狭さのせいじゃないのかよ」と言ってみよう。この時点ではそう思った。

だってさ、私の場合、記事を書く場合はWordやWriteRoom(Mac用執筆ソフト)で書く。パワポでも、A3モードにする。そこには「書くべき内容をじゃんじゃん投げ込める広い面積」を確保し、遠慮無く書く。とにかく好き放題発散してもあとで俯瞰して編集し、自分のタイム感で「語りかけ」をする。広いってすばらしい。つまり、書くべきものにふさわしい広さとタイム感を持った入力先が必要だろう。

なんてのはどうかね。

「インターフェースの面積」 x 「インターフェースが強制するタイム感」=「執筆空間」

twitterは面積が狭い上に、早いスピードを強制するから、それは直感的かつ短命な情報がじゃんじゃん現れるわけだが、なぜかしら執筆エネルギーをそいでしまうため、blogなど長文を書く頻度、あるいは書いたとしてもその量、質すなわちゆとりを持って彩りのある表現を存分に駆使することに元気がでなくなる。

広い面積のRHODIAや、3Mのイーゼルパッドで、ゆったりとした時間をとり、思考のマッピングをする人を何人か知ってる。プチアイデアを落としてしまわないために急いで書くことを怠るわけではないのだが、そういう「ちょっとしたレベル」の情報単位はポストイットやRHODIA#11を使う。Evernoteはそこに位置づけられる。

すなわち、Twitterではその「ちょっとしたレベル」で人とプチ情報の交換ができる、そういうことが起きていると思えるわけなのだが、そこでは連携性のある思考マッピングには向かない。短期記憶に収納するには大きすぎるし、せかせかとした情報フローでは立体的なビジョンを書き落とせないからだ。

ここに大きな思考表現の機会損失があることは明白だ。

どうすればいいか。少なくとも、利用のシチュエーションごとにばさっと切り替えるとか。いわゆるパソコンのキーボードを使うときは、ばっさりtwitterに書かないとか。思考マッピングできる「広い面積」の出番を減じないようにし、自分のはけ口に安易にtwitterを使わないことにする。ケータイやスマートフォンはいいとしよう。老若男女とせいぜい仲良くtweetしよう。

次に、twitterでは「タイム感」を落とす。これはfollowerを減らすか、スルー力をつけるしかない。follow数が劇的に少ない人に面白い発言者が多い気がする。要するに「タイム感」を強制されていないからかもよ。

1400文字書くのも、やってみると乗ってきますな。途中で息切れしつつも、乗ってくるとこの狭いインターフェースでも結構書けてしまう。楽々1400文字をクリア。インターフェースが狭くても、タイム感がゆるやかだからかもしれない。でも、ここまでで15分もたっていない。

あら・・・。

まずい。

連載の4000文字がなぜさらっと〆切までに書けないのかと編集長Fさんに怒られてしまうではないか。

+365文字となったよ。
良いお年を。

# 本投稿は、wooferで書いたものをコピペしたものです。

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19 July, 2009

土用丑の日に送る、鰻のうまいあたため方 HOWTO

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土用丑の日を盛り上げる企画だろう、昨日だか一昨日だかでテレビでやってた。

リポーターは鰻関連の名店の板前さんに、「スーパーで買ううなぎのおいしい暖め方を教えてください」なんて無茶なことを質問していた。エキスパートに恥も外聞もなく質問をするのはとても良いことだ。Wisdom Access Questionは「相手を見極める」ことから始まる。

その方法を試した。土用を待てず土曜に。

すんごい旨かった。まじでやばかった。めちゃめちゃうまい。ちょっと探したが、同じ情報はWEBで文字で読めなかった。

食い道楽okdtとしては、これを再度言語化して伝搬しないことは許されまい。

まてよ、土用丑の日の食卓はもうすぐ終わるではないか。速報はtwitterで書くのが一番。虹が出てるのを教えてもらったお礼のような気持ちで、土用丑の日の食卓に伝搬すべく、140文字に収めた。

スーパーで買う鰻のうまいあたため方。水で鰻を軽く指で洗い流し、タレをとる。ペーパーで水を拭き取り、皮サイドを下にフライパンに入れる。水:酒=1:1でひたひたにし、アルミホイルを落としぶたに5分、中火でぐらぐらと煮る。ゆで汁をきり、付属のタレを加え「身」の側を下に返し、1分加熱。
http://twitter.com/okdt/statuses/2720425339

タレを洗い流しちゃうところが勇気がいるが、それこそ旨さの秘密そのものである。

お試しあれ。明日も鰻は売ってるから。

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20 March, 2009

資格が有利かと論じる意味などない

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某サイトで見かけてコメントしたこの記事「本当に転職に有利なのか? 日本の社会人大学院事情」。

あらあら、タイトルに「本当に」とかつけると、「そうでない例」に着目するわけだから、その路線で終えちゃうと、そこはかとなく浅い。タイトルと結論だけで、あからさまなバイアスが見えておしまい。中身は案の定、タイトルの「転職に有利なのかどうか」という問題にすら根拠(複数の客観的事実、あるいは論証済みのものが「根拠」の最低条件とすると)がない単なる意見の羅列。肝心の、就職状況における需要側の欲しいスキルセットと訓練の中身のマッチングには残念ながら切り込んでおらず、筆者のイメージとお仲間の世界。

So what? だからどうなの、という部分は読者が考えろというメッセージなのかな。

どうせ不況産業なんだからさー、そんなに浅い意見ならスルーしとけばって感じ。あるいは、タイトルが「本当に」はじまりで、結論が「本当だった!」なんてオチの記事だったらむしろ話題として面白いのに・・・。


専門資格が転職に有利かどうかという問いかけだけど。

「有利」って何をもって言うのかな。就業をかけた全体的な競争力、ではないでしょう。年俸?職責? 全体的就職難の中、資格が守備範囲を拡げるって意味でもないよね。

受け入れ側の募集に資格が明示されているとしましょう。薬剤師にしても医者にしてもネットワークスペシャリストにしてもPh.Dにしてもlawyerにしてもmbaにしても。それぞれの資格は就ける職種をむしろ狭めてしまう。さらに、そこでその資格ホルダー同士での取捨選択になる。それぞれにさらに熾烈な競争ができちゃうわけ。

そこが、資格など、足の裏の米粒だと言われるゆえんでしょうよ。つまりは、そのフィールドでの戦いがあることを度外視して、ラベルのために資格とってもしょうがないじゃん?ということ。


ここで間違えてはいけないのは、専門教育や訓練に、職業人として意味があるのかどうかとは別問題だということ。

たとえば、社会人大学なり大学院は、経験ありきで職能を伸ばす枠組みだろう。なにがしかの職業で専門をやると決めるんなら、成り行きの現場でのたたき上げに依存するより、どっか行ってちゃんと訓練するほうが確実に早い。ネットワーク効果も度外視できない。

だから、会社の研修だろうが、企業派遣の大学院だろうが、自腹で突撃だろうが、訓練の結果のラベルではなく訓練プロセスに注目してやれるやつにとっては、そういうものを「梃」にして、何倍も成長する確率を上げられる。

そういう行動特性が異なる人材に、進歩や変化のスピードへの取り組み方の違いがあると考えるのは、はずしてはいない。あとは、需要サイドにマッチするかどうかの問題で、それは転職競争力とは関係ない。

いずれにしても、訓練なんてそれぞれの個人の好みと直観に大きく依存する相対的な価値で、ゆえに「王道」を定義する必要すらない。

進歩と変化に関心があるんなら、やりたいことをやりきるために、現実的な手段を選択してがっと行けばいいのだ。

この元記事の山崎元氏がご自慢の人脈からの情報で評論されるんなら、どういう人に、どういう訓練必要で、それがどういう社会や企業のニーズに合うのか、見逃されてるのはどういうものなのか、なんてところをばしっと切り込んでいただきたいものだ。

# disってなんぼなのでしょうけども ;-p

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07 January, 2009

無心に鍋を見守る人の話

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年始から様々な出来事で振り回され兼ねない感があったのだが、はっとさせられる文章に出会った。ある保健教諭が書いたものだ。


・・・
保健とも教育とも全く関係のない本だが、・・・辰巳芳子さんの『あなたのために―いのちを支えるスープ』(文化出版局)である。

 実は料理の本で、題名を見て分かるとおり、様々なスープの作り方が載っている。もちろん、今晩のメニューの参考にすることもあるのだが、あまりに丁寧すぎる工程なため、慌しい毎日を過ごす私にとっては、あまり実用的意味はなく、むしろ、心を落ち着かせるための本と言ってもいい。

 ひとつひとつの材料を丁寧に扱い、ゆっくりと呼吸を合わせ、火と対峙し、なでるようにいとおしむようにスープを作っていく。そんなふうな気持ちで、私も毎日の生活を送っていきたい、と、この本を開くたびに思うのだ。特に大切にしている一節を書き出してみる。

愛につられ、無心に、
  よくなるように、よくなるようにと、
鍋中を見守る。
いつしか天は、用意のある人をつくり、
いざの時、必ず、手を差しのべる。

 保健室はなにもなくて当たり前。だからこそ、『用意のある人』でありたい、と、思っている。
edu.log :: 見てみよう!学校 - 新着学校情報


すばらしい。恐れ入りました。

エモーションとロジックが見事にマッチする情景を見させてもらった。心に促され、論理的に行動する。それは循環することがある。

だから、人は、起きている事象について情報を得ると、それが仮に自分のことでなくても、ときに一喜一憂し、ときにあれやこれやと言い、そして介入したりする。他方、そこから少し離れたところで見る立ち位置の心境は「ひとごと」と冷ややかに映るものだ。さもありなん、人のことにかまけているほど、楽ではないし暇ではないのだから。

しかし、どちらでもない人がいることを知ると救われる。

かつてレストランの厨房でバイトしていたことのある私は、そこで料理の基礎を学んだ。家族に、友人に作るときほど「おいしくなーれ、おいしくなーれ」と声をかけながらスープを作る心境は理解できるつもりだ。仕込みに時間がかかるのを承知で、タイミングを見計らい、たとえば少し火を弱め、たとえば少しの塩を入れる。


そう、腹のくくれた人の行動って、そういうことなんだよね。

少し長めの尺で動くメンタルを大切にしてみようか。



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28 July, 2008

Last Lecture - Randy Pausch逝去

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http://jp.techcrunch.com/archives/20080725dr-randy-pausch-carnegie-mellon-cs-professor-dead-at-47/
より、
Last Lecture - 「最後の授業」で知られるランディー・パウシュ教授(カーネギーメロン)がとうとう亡くなったとのこと。大前さんもこの人の話をあるコーナーで一番に取り上げていた。

まだ知らなかったら、本読むより動画で授業を見た方がいい。全編バージョンもいろんなサイトで公開されているし、「最後の授業」とか「Last Lecture」で検索すればざくざく見つかる。日本語のキャプションが入ったものもあるようだ。(初めて見たときは無かったけど。)

さて、テーマを絞った話だとしても、今からやるステージが、「最後」だったら、自分は何を伝えたいのか、なんて考えてみたらどんなところが変わるのだろう?

彼の、悲壮感のない、それでいてメッセージ性のとても強いその「Lecture」は、その内容はさることながら、「Last」に向き合う人としての姿勢をLectureするものだと感じた。

後に、Randy PaucheのLast Lectureは私になにか大きなものを残してくれたと言えるようでありたい。

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20 April, 2008

Schoolhouse 2でM2を乗り切れ

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やんなきゃいけないタスクをキャッチアップすることに、いちいち時間を使うのはもったいない。

実は、M1をなりゆきで過ごしたツケを年度末にほうほうの体で消化し、やっとのことでM2に上がれたのですが、卒論を含むタフなM2の一年は、昨年よりも全体像を把握して組織的に物事をこなしつつ、学びの濃度を高めたいものです。

整理すべき対象は多次元的です。クラスごとに異なる受講パターン、論文提出、輪読会、週次タスク(realtime online case studyなど)、あと英語のトレーニングも・・・。これらの煩雑なスケジュール管理やタスク管理は粛々とオン・スケジュールでやりたい。でも、それぞれのタスクは難易度も様々だし関心も違うから、プライオリティもさくさくつけたい。

ツールとしては、ミルクの時間も忘れないというほどの簡単さが売りのRemember the milk、田口さんのところの目標管理ツールのchekpadは普段から使っているのですが、上記のように多次元性の高いもののタスクの立て方にはどうにもしっくり来ない。

学生の、かつMacユーザの皆さん、朗報です(w)。

Mac用のソフトで、Schoolhouse 2というツールを見つけました。これは以前からあるTask Listというソフト(これはバグだらけでとても悲しいツールでした)の後継のようです。(不完全ながらも、Task Listからのデータのimportにも対応しています)

Schoolhouse 2をLeopardで使う人には重要なTIPSがひとつ。このアプリケーションは、現状では「Rosettaを使って開く」という設定がMUSTです。Finderでこのアプリを表示→プレビューから「詳しい情報を表示」→「Rosettaを使って開く」のチェックボックスをONにしておくことです。(この情報はi use thisで見つけました) これで動作が安定し、一部存在した不可解なフリーズがなくなりました。

「人生勉強」と割り切れば、これは仕事の整理ツールにも使えるかもですよ。

・・・おっと、最近、ライフハックでは仕事にならない、と思ってるんだった・・・

この話はまた近いうちに。

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17 November, 2007

みんなの笑顔は案外楽しい/Fighter on Rails

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紅白の司会に抜擢された笑福亭鶴瓶師匠曰く
「私よりね、もっと年上の先輩方が喜んでくれましたよ。よかったなぁ、って。」

事象の価値判断というのは相対的なものだ。面白いのは、成果を出した人でさえ、直接その成果の価値を理解するのが難しいことがあることだ。そこで、「客観」とは良く言ったもので、オーディエンスがバリュードライバーになるわけだ。その役割たるや計り知れない。

本人の価値判断が甘いのはなぜだろう。紅白司会者の大抜擢であれ、ソフトウェア開発成果であれ、事業業績であれ、とにかくなにがしかを形にしたとき、まさに当事者であるゆえに、本人はいわばゴールラインで息切れしてぜえぜえいってて、疲れてるわけ。

しかし、その状態の価値については、客観判断のほうが明確。それゆえに本人にしてみれば、自分にはあまり実感がなく、むしろ周りのほうが喜んでくれているように見えるんだなあ。

みんなの笑顔は案外楽しい。

一方、喜んでくれる人たちは応援こそすれ、自分で価値を産み出したわけではない。実のところはそれぞれの思惑にしたがって喜んでおり、温度もさまざま。

それでも、両方が合わさると、つまりポジティブフィードバックが本人に伝わるとはじめて価値が見えやすくなる。客観情報はまとまって集合知として理解すると強いフィードバックになる。「こんなに」「周りが」喜んでくれるんなら、やってよかった、また次も行っちゃうか、とモティベートされる。

そうだからと言って、当事者のモチベーションが常に外部にあるわけではないよね。誰か他の人のためにやっているというのとは、またちょっとニュアンスが違うよね。思うに、それは喜ぶ顔を見たい自分のためだろう。価値が形になって見えやすくなるプロセスがたまらないわけだ。

そうか、それこそがfighter on railsか。

そうしてまた、群衆として叡智を創出してしまうのか。

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05 April, 2007

ケイタイメールよりあえて国際SMS、しかもSkypeで。

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Skypeに国際SMSを発信する機能があるんだが、こんなもの何に使うんだ?まじまじと考えると、あら、便利じゃない?という話。

「ツール」メニューの「SMSメッセージの送信」で送信先を指定するウィンドウが開く。
選択肢には、リアルな電話番号が登録されているコンタクトが一覧で出ているようだ。


そこで、普通に、「090-....」と電話番号を入力し、[追加]をクリックして[OK]クリック。

次にメッセージをぱちぱちと入力できる。逐一、「あと何文字」と出るのでわかりやすい。


送信側は一通およそ7.5円だそうな。通常は国内使用だからあまり気にしないかもしれないが、国際SMSでも同じ価格、となるとドコモで50円、Softbankで100円することを考えると激安だ。しかも、いずれにしても受信側は無料だから人に優しい。(←ここ重要)

私にはケイタイより打ちやすい。また、送信先は画面の許す限り複数指定できるのも魅力。しかも、受信ステータスがとれる

受信側ケイタイの電源を切ってテストしてみたところ、相手が受信してはじめて「保留」から「送信済」に変わったようだ。このSMS、利便性には陰があり、電話番号による乱れ打ちをしてくるスパムの対策のため、SMS機能をオフにしている人も多いようだ。このステータス表示はとっても意味があるよね。

会議や食事のリマインドや、オフィスからの伝言、そうだ海外出張中の連絡なんかにも便利そうだ。

ああ、またSMTP頼みのE-mailを使わない理由が増えてしまった。

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21 February, 2007

群衆の英知(WoC)による左下親不知抜歯、大成功の巻

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昨日夕刻、親不知を抜きました。しかも左下!私には大問題。抜くのはたった一本の歯ですが、乱立する歯科の中から卓抜した歯科を一件、いかにうまく発見し、最高の施術を受け、術後の腫れもたいしたことないという満足感を得たかというところです。

そこで今回こだわったのは、Wisdom of Crowds[群衆の英知|叡智]。短くまとめるほど難しく聞こえる言葉なのですが、私なりに分解しますと「ばらばらで、十分の数の集団の意見を集約すると、一部の専門家が判断するより正解率の高い、実際の結果を出す力がある。それは「群衆」が一体として「知恵」を持っているように見える」という現象を指す言葉です。これをWoC(ウォック)と省略することにします。

これにより、WoCを集約できる仕組みがあれば、事前に相当正確な予測ができる分野があるはずだとの実験が重ねられてきました。欧米で立ち上がっている「予測市場(Prediction Market)」サイトでは、大統領選挙の得票率、部門別のアカデミー賞受賞者、映画の興行収入、フットボールの優勝チームなどをかなり事前に予測できることが実証されています。

こういう話が大好きだと思われる梅田望夫氏は、自身のblogや、著作「Web進化論」で言及しています。本年のキートピックと思われる言葉だと思います。

※ 詳しくは、「みんなの意見は案外正しい」というひどい邦題をつけられた書籍(原題「Wisdom of Crowd」ジェームズ・スロウィッキー著)をご一読。面白いよ。

さてさて、今回の抜歯の話に戻りましょう。WoCを斜に見てプロセスを楽しんでみました。

私の住まいの周辺は歯科が乱立しています。ここで生まれ育ったわけではないので、馴染みの医者もありません。Yahoo電話帳によると、歯科は東京都に1万件以上、中央区に絞ってもおよそ500件。Googleのランキングが機能する業界だとも思えないし、blogを集約しても結論は出ないでしょう。悩ましい・・・。ネットの力の限界を超えたニーズは、こういうリアルの世界にまだまだありますね。

そんな折、2,3ヶ月前のこと、たまたまとおりすがりの本屋で「患者が決めた!いい病院 関東圏」を見つけました。30万人アンケートをoriconが書籍化したんだそうな。そうか、oriconって昔からWoCビジネスをしてきたんだなあ、などと思いつつ購入。

書籍はコレ
http://www.amazon.co.jp/okdt-22/dp/4871310787/

WEB版 (でも本のほうが見やすい)
http://isha.oricon.co.jp/rank/index.php

この本では、歯科の項目で東京都中央区の歯科はわずか2件。いいね!ぐっと絞れましたよ!127位に見つけた「鈴木歯科クリニック」に決めました。なぜか?127位だなんて、とおっしゃるかもしれないが、この母数から関東圏で127位はすごいでしょう、という理由だけではありません。

二件中一件は聖路加オフィスタワーの一階にある歯科。鈴木歯科より若干上位です。ここはタワーに入居しているオフィス人口からして得票のしやすさはある。いや、腕が悪いというのはないだろうけど、予約が取れないと書いてあることからして、オフィスタワーの立地環境によるロックイン、あるいは「わりと良い」レベルでのネットワーク効果が集中的に起きている可能性があると見ました。

一方、鈴木歯科は確かにオフィス街にあるとはいえ、八丁堀のこの界隈は他に歯科が数件あり、人の往来も多い。人口、競争ともに十分エントロピーが高い環境で堂々ランクインという結果は、オープン性の土俵での実力勝利だと思われる。WoC(Wisdom of Crowds)[群衆の英知]が効いた「それなりのわけ」があると考えられると見ました。

難しく考えすぎ?(w

とりあえず、3週間くらい前に初診。ファーストインプレッションから大変好感触。丁寧で、解説も明快。先生の人柄、歯科衛生士のスタッフも好感が持てる(要するに・・・いや、これくらいにしておこう)。

またぐっとくるところは、この医者、WEBがわかっているね。たとえば、ユーザにとっての利便性というところでは、メールで相談を投げてみるとあっさり返信が帰ってきて、最初の予約までとってもスムース。派手さはないが、基本的なネットのオペレーションがきっちり。わかってる!

鈴木歯科クリニック
http://www.suzudc.com/


さて、やっと左下親不知抜歯の話です。

下の親不知を抜くのは二回目。術後が腫れますよね。抜歯の日程は、インドネシア出張、沖縄合宿と、次の会議ラッシュの間で決めました。ベストな日程のはずだったのだけど、そんなものは、いざ抜歯するとなると関係ないね。「もう痛くないし、逃げちゃおうか」と思ったけど、心の中でじたばたしながら行きましたよ、昨日。先生には、開口一番、「いやはや、本日はぶっちしちゃおうかと思ったんですが来ました」と意味のないボケをかましてみたり。

全体レントゲンは以前採っていたのだが、今回は施術前にピンポイントのレントゲンを再度撮りなおし、準備万端で。スタッフの1時間くらいかけて抜歯完了。


その間のことも書いておこう。

「ダイジョウブデスカー」コールはまるでバリ島のマッサージのお姉さんのような癒し系コール。こちらは口が完全に拘束されているため「ハーイ」って言えないんで手のひらをひらひらさせたりOKを作ったりするんだけど、そのフィードバックを「ダイジョウブデスネー」って復唱してくれるんだよね。

ちくっと痛くなる直前のタイミングで「ゴメンナサイ!」。そうそう、麻酔の注射が入った瞬間、電子音で音楽がなるんだよ。あれはびっくりした。そっちに注意が行っちゃうもの。気持ちよいタオルで目隠しされてたんで正確にはわかんないんだけど、どうもガンタイプになっているようで、麻酔薬を注入している間鳴っているようだ。医者にも患者にも便利なアイデアだね。

「鼻で息をしてくださいねー」など絶妙のタイミングのアドバイス、そして適度な休憩。最後は「抜けましたよー」「抜けました抜けました」って二人して。ええ?「大きな男の子デスヨー」みたいなくらいの感じ?(笑


小一時間ぐりぐりやられながら、うまいなーと思いました。

こういう個別のサービスは全体として満足をもたらすものなので、こんな細かい記述は、クチコミをするにもめんどくさすぎるだろうね。でも、この歯科は現時点で東京都中央区で一番満足をもたらしてくれるはずだ。なぜって?だってサービス分析の専門家のオレが言ってるんだから。

それが信用できないから群衆の英知なんだよね
(笑

WoCサイコウ!

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05 December, 2005

GMail Trashメソッド

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最近、メールはとにかく一切合切GMailで受け取るようになった。リアルの主なメールはGMailに転送しているし、さらに気が付く限り、ネットのサービスの「メールアドレス」欄をGMailのメールアドレスに変更した。すると、数々のニュース、メールマガジンなど、以前から購読しているものも含め、すべてGMailに集約される。

そういう環境の基本機能として、SPAM判別機能、Report SPAM機能は大変便利だ。SPAM判別情報が他のユーザとシェアされているかどうかわからないが、そこそこ学習してくれているようだ。体感的には、POPFileより少し落ちる程度の精度だ。購読申込した覚えのあるメールニュースと、メールニュース仕立てのSPAMを正確に判別してくれる。

しかし、業務メールと違い、これらメールニュースは溜まっていく一方では役に立たない。後者の賞味期限は短いのだ。そう、昔は、インターネット上に情報が十分ではなく、有料のメールニュース(?Watchなど)を溜め込んでおいて、それを検索することでリサーチに役に立ったこともある。しかし今は、Ask Google!で済むから個人が溜め込んでおく意味合いは低い。

当初、newsというラベルを作ってフィルターでラベリングしてみた。それでも、読まないメールはどんどん溜まる。news(256)のように、未読数カウントがみるみる増えていく。不思議と、未読数は多くなればなるほど見たくなくなる。読んだことにして消すのもかなり大変。

そこで、sakurayuta師匠曰く、「メルマガ系は、フィルターでTrash(ゴミ箱)に放り込んでしまえ」、というものだ。どんな効能があるのだろうか。


・Trashフォルダへのリンクの横には未読数の表示はない。
・30日で自動消去がすばらしい。無限に溜まっていくということはないからね。
・検索の対象だ!30日以内のニュースだけならピックアップ価値も低くないねー。
・SPAMとはごっちゃにはなっていないので、フォルダを開いたときの汚れ感も低い。
・GMail Notifier、Google Desktop2を入れていても、Skip inboxしていれば何も表示しない。
・デフォルトで捨てる、任意で見る、というのはいかにもポジティブセキュリティ風味だ。
・「リアルでゴミ箱の新聞を読む習性(sakurayuta氏談)」なんてシュール感もある。


ふふーん、スバラシイ。超整理法的だ。(コーヒーをずずっと

気が向いたときに、Trashをおもむろに見る。見たくなったものだけ見ればいいから、悪くない。毎日何通も来るのはわかっているが、仕事をトラップされないというのはむしろ快適だ。inboxに戻れば、現実の世界にすぐに戻ってこれる。

GMailで言うところの「ラベル」の属性として、expire指定ができればいいのにな。確かにソフトウエア原理的に削除系はリスキーだが、それでも、メーラーのフォルダの属性、フィルタの属性などにexpire機能があるといいなあ。是非メーラーに実装してほしい。メール単体に実装する、でもいいけどね。「このメールは自動的に消滅する・・・」みたいな(w

そうそう、OSのファイルシステムにもそういう機能があればいいんだ。いやまてよ、そんな機能はこれまた悪用しがいがありそうだ・・・それに悪意のあるコードにもさくっと実装されそう・・・それに、コンプライアンス的にはSOX法と真逆の論理じゃないか・・・。悩ましい。

でも、それでも、Keep it simple and special.古い、使わないものは捨てるに限る。超整理法的機能なのだから、ぜひ実装してもらいたい。あれ、捨てるんならTrashでいいのか・・・。

てわけで、これ、すなわち「GMail Trashメソッド」と命名。

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04 October, 2005

手帳のアーキテクチャー。

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こういうことで悩むのは昔から好きだ。手帳は、毎日の生活の文化に影響するから、というだけの理由ではないと思うが、行動指針を見直すいい機会になる。

ほぼ日手帳
http://www.1101.com/techo/

2005年は「ほぼ日手帳」を使ったが、このリピートは残念ながら、ない。シンプルで書きやすかったが、わたしにとって手帳に求める意味合いは日記形式でクローズするものではなかった。書きなぐったタスクやメモなどは他の日程ともリンクした横断的なものであったし、それゆえに日次のTODOよりも、時系列を自在にまたぐものとして管理しなければならないことを痛感したからだ。

また、各プロジェクトは数日、数週間、数ヶ月と様々だが、それをごっちゃにして時系列で並べては混乱する。むしろそれごとにスレッド化して管理すべきである。いかに書きなぐりがしやすい手帳でも、製本として閉じてしまう方式はなじまないように感じている。

全ページがばらばらにでき、かつ任意の順番でオーソライズできるのであれば、それはそれでアリかもしれないが・・・、それでは、ほぼ日手帳ではなくなる。そこで、手帳を模索するプロジェクトが発足したのだ。


FlanklinPlanner
http://www.franklincovey.co.jp/

Tokyu Handsで見た、フランクリンプランナー。「7つの習慣」とか有名な本があるが、その実行ツールと言っていいだろう。最近はとうとう「8つ目の習慣」が出たんだそうだ。詳細なプロジェクトや思考のテンプレートや、「7つの習慣」の名言がちりばめられているのはそれなりに教訓的。

しかし、私に言わせればfortune cookieと大差なく、それほどありがたいものではない。皮肉めいた言い方をすれば、自分の行動指針を持たず、朝のTV番組や安っぽい週刊誌の占いに頼っているような - そう日本人とは概してそういうものだが - そういう人の意識にはもしかすると教育的効果はあるかもしれない。

テンプレートは、プロジェクト管理の思考を身に付けたい人にはいいんだろうが、私にはウルサく感じられるし、むしろ窮屈だ。私には、軽い小話を書いているほぼ日手帳のほうが面白い。その部分だけ携帯に毎日配信してもらいたいくらいだ。


Time/System
http://www.timesystem.jp/c/catalog.html

伊東屋で、kumikumiが言及していた、TimeSystemを見てみる。ほほう、なるほど、たしかにFPほども鬱陶しくない。基本はA5。他のサイズもあるようだが、この大きさは書きやすそうだ。プロジェクトテンプレートは1年間ずどーんとあるにしてはデイリーは細かい。ウィークリーで十分な気もする。

マインドマップ、マトリックスなど、FPよりすっきりしたテンプレートがいろいろあるのは面白い。それに、FPと異なり、汎用性のあるリフィルがあるので、A5サイズを基本とした場合には「つまみ食い」可能だ。

ここまでくると、もう趣味の世界だな(w もちろん、脳内スイッチを入れるのにデザインは重要だ。しかし、やはり致命的なのは、これは(他と同様)TODOを時系列を越えて継承することができない。使わない欄がでてくるのはもったいない。


さあ、どうしたものか

まてよ・・・。とりあえず、やりたいことは、議事録、講義準備、プロジェクト計画、アイデアスケッチ、マインドマップ、マンダラート・・・。碁盤の目さえ下敷きとして書いてあれば、自分には十分なのではないか? 大きさは、RHODIAの#16がちょうどよい。あれを持ち歩き、どんどん書いていき、開穴してA5のシステムファイルにスレッド化してオーソライズすればいい。

スケジュールはできるだけライトウェイトなカレンダーだけあれば十分なんじゃないかな。サイボウズやGoogle Calendarなどのサービスに依存しそうな気もするから、できるだけ単純なものを持ち歩いたほうが得策だ。TODO管理については、今のところRHODIA #11に勝るものはないし、これを携帯しなくなることはなさそうだ。

これでしばらくやってみようか。

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19 February, 2005

シフトダウン - downshifting

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オーストラリアなどでここ数年、経済研究者たちが「シフトダウン」(翻字:ダウンシフティング downshifting)と呼ぶひとつの現象が観察されている。過剰消費生活をやめるという観点で、経済活動をいわばシフトダウンする傾向だ。「オーストラリアで最もエキサイティングな経済学者」と評されるらしい、クライブ・ハミルトン(Clive Hamilton)によるレポートは、Austiralia Institute (http://www.tai.org.au/)のサイトに見ることができる。

Briton、Australiaときているが、日本については...まだまだだろうね。むしろ過剰消費熱は高まる一方だ。で、このクライブ・ハミルトンの本が邦訳、出版された。nikkei.jpのサイトにそのレビューが掲載されている。

http://nikkeibp.jp/wcs/leaf/CID/onair/jp/rep04/357826
根源的な問題として、「経済成長は人々の生活を豊かにするのか、人間を幸福にするのか」と問いかけ、「豊かさにも幸福にも結びつかないのなら、なぜここまで経済成長を追い求めるのか」と指摘。 「スローライフへのシフトダウン」を提示する。

本書には、「経済成長を遂げたものの、さほど豊かではなく、幸福でもない」事例として、たびたび日本が登場する。

日本のスローライフはとかく富豪系を連想させるが、その手の富豪系温泉暮らしだとか別荘暮らしだとか、いわゆるシフトアップの先にある高級嗜好ではない。むしろ、経済の追求をやめてしまうという意味でのシフトダウンというところにポイントがある。「清貧の思想」方向とも言えるかもしれない。

それにしても、シフトダウンとはうまい。自分の意志を感じるね。私はいまだにミッション乗りだが、峠は5速ではなく2速で走るものだよね。シフトアップよりシフトダウンのほうがドライビングポテンシャルははるかに高いじゃないの。人生のステアリングは低めのギアトルクでいけよということか。

運転はうまくてもヘタだも、スピードの出し過ぎは事故のもと。 もっとも、自分の運転をヘタだと自覚しているドライバーはそれほど多くないそうだけどね。

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04 January, 2005

言い伝え「水引いたら高台に逃げよ」の有効性

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年始早々、インドネシア・スマトラ島沖地震のニュースに対照的な2つの記録を見ることができた。

記事「インド洋大津波 生死分けた逃げ道選び スリランカ・ヤラ国立公園」(Yahoo! News[産経新聞])によると、現場からの逃げ道はジャングルをかき分けた先の岩山と、川沿いの道だけだった。「高い所か、逃げやすさか - 瞬時の判断が生死を分けた」という。

「津波は濁流となって川沿いにジャングルを駆け上ったからだ。海岸から約三百メートルの岩山から見ると、車が浮き、低くなっている川に沿って津波がジャングルの奥深く流れ込んだ」 と同記事。狭くなっていく水路では水流の速度は増すはずだから、それでなくとも途方もない津波から逃れることなどかなうわけもなかった。 逃げやすいところには水も入りやすい。実に皮肉な結果だ。

対照的に、驚異の目で報じられている地域がある。時事通信社の報道によると、震源からわずか60キロのシムル島(Simeulue)では、住民約65,000人のうち津波による死者は、3日までになんと6人にとどまっている。他の地域の犠牲者数からしても驚異的な生存率だ。

なんでも、同島には「海水が引いたら高台に逃げろ」という教訓が伝統的な教えとして住民の間に語り継がれていたそうだ。 この教訓には「スモン」という名前がついている。「海水が引いたら次には必ず大きな波が来る、という教えが昔からある。・・・ 住民らはこの言い伝えに従い、水が引いた時、すぐに丘へ避難したという。」

大変驚いた。相当な人数がかなり早いアクションで行動できたことになる。
しかも水が引いたときに、疑わず、一斉に。

Wikipedia英語版の「2004 Indian Ocean earthquake」 のページからリンクされているニュースソースによれば、後の世代に教訓を残した、シムル島(Simeulue)を襲った1907年の津波は数千人の死者を出したようだ。それだけに、その教訓へのリスペクトは十分あったかもしれない。それでも、1907年の津波を経験した人なんてほとんどいないだろう。それで突然やってきた類例のない津波にそこまで機敏に対応できるだろうか。事実、島民は適確な行動の対価として命を得たのだ。

各新聞の社説、論説は、およそ「警告・警報の流布」か、「国際的救援」をうたうものばかりだ。本当に論じなければならないのは危険を感じた、あるいは警告を受けた時の人間の行動のあり方ではないだろうか。

教訓:
Speed means secure.
逃げやすいところは攻められやすい。

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24 November, 2004

足の裏の米粒。

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「IT関連の人材」が何かをあえて定義しないにしても、そう呼べる人材が不足しているという感覚は多くの人が持っているようだ。「デキル人いないですかね」「凄腕の人ってどうやって育てるんですか」。あるいは「IT人材の育成ってどうしたらいいですかね」「オープンソースソフトウエア書けるプログラマってどうやって育てるんですかね」と。意見を聞いてくださる方がいることはありがたいが、さてどうしたものだろう。


人材教育?

IT人材育成会社、教育機関は、IT業界で働きたいものの経験がない人間を集め、高額な授業料と引き換えに数年授業を受けさせ、「資格」というシールをペタっと張って人材を「作り」、世に送り出してきた。ところがどうだろう。かつての飛ぶ鳥を落とす勢いも、いまや見る影もない。教材も教師もスタッフもすっかり古びてしまい、卒業生の評判と同期して就職率が激減。特別な成果もミラクルも期待できないため、いまや非常にお寒い位置にいる。


需要の問題?

最近、電車の吊り広告のトピックに、SE、プログラマなどの大失業時代を危惧するものが目に付くようになった。「転職してはいけない。今、あなたはたぶんもらいすぎている」と。なかなか良心的なメッセージだ。雇用促進している会社は、外向けには「不足」といいながら内向きでは「飽和」と言っている。この構造をある程度理解しなければならない。

たとえば、収益を上げている会社がM&Aによる事業拡大というわかりやすい方法をとってくると、拡散の時代から収束の時代への遷移は加速する。そこでは組織の再構築が行われ、バッティングするレイヤーが整理される。もちろん、組織が最適化されると事業は拡大するのでハッピーなわけだ。

そこに「大失業時代」があるとすると、「必要不可欠」ではないレイヤーにもっとも大きな影響があることになる。これまではなんとか仕事のあったのだが、専門性があるわけでもなく、特別伸びるわけでもない、教育会社か企業に「作られた」人材。そのような人たちは「整理」を宣告されると、なぜ自分がそんな目に遭わなきゃいけないのか、さっぱりわからない。また、新たな「シール」を求めて行動する。そして自分を「作ってもらえる」ところを求める。(その新しい「シール」は、「社長」だったりする場合もある)


コミュニケーションスキル?

そんな状況の中、「コミュニケーションスキル」という、IT関連の知識とは関係ないことを教える人たちが現れた。「コーチング」「プレゼンテーションスキル」とかそういうものもこの類だ。IT業界にまともに日本語を話せる人が少なすぎるのは事実なのでありがたい部分もあるが、そうかと言って技術者が修練を怠りつつ口八丁、というのは問題だ。これらは中身あってこそ意味があるものなので、中身の詰まった人間を生産する手段ではない。

突っ込まれるとさっぱりわからない言葉を、さもわかったようにあやつるプレゼンテイターって増えているが、名刺をもらうと「シニアSE」とか書いていたりするから失笑モノだ。言葉遊びで煙に巻くとお金が出てくるほど、ユーザ企業は無知ではなくなってきている。


資格?

「スキルを身につける」という言葉に摩り替えて、ぱっと見てわかる差別化、競争力をわかりやすく身に着けることにエスカレートする。わかりやすい解決策としてもたらされたのが「プロフェッショナル資格」。日本にどれくらいあるんだろう、昔から結構資格マニアっているよね。

しかし、他の業界の「資格」は「免許」の意味合いがあることが多いのに対し、IT業界はそうではない。これを競争力確保という観点では何ももたらさない、むしろ消費者の貯金を食いつぶすだけのものになっていることに早いところ気がつかなければならない。

「試験」にいいところがあるとすると、未知の、特定のテーマに関して十分に勉強する際の習熟チェックに使うという部分だろう。資格試験は、勉強意欲の里程標になってくれるかもしれない。TESTはTESTであってそれ以上でもそれ以下でもない。IT資格、Ph.D、MBA、あるいはどんな資格をとることを目標にしていても、それそのものは自分をその道のプロフェッショナルにしてくれるわけではない。

ある賢い人が言ったんだそうだ。
「資格とかけて足の裏の米粒ととく。
 取るまでは気になってしょうがないが、取っても食えない。」

はっきり言えば私はプロフェッショナル人材を「作る」方法を知らない。もちろん、これまで学校や先生と呼べる人たちから学んでこなかったというわけではない。結局彼らから私が得たものを説明するとすれば、学んだ内容というより、「学び方」ではないかと思う。そこでは自分を習熟者、プロフェッショナルとして「作ってもらう」ことは完結しない。

自分が「そうなる」と決めて前進している人同士が、相互になにがしかの刺激を与えあうのが、成長できるプロフェッショナルコミュニティの姿だと思う。

"As iron sharpens iron, so one man sharpens another. "
- Proverbs 27:17

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27 February, 2004

Message from "Jerry Weinberg"

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ワインバーグ先生ことGerald M. Weinberg氏から日本の愛読者にメッセージをいただきました。

okdt: My most favorite is the Orange Juice Test(オレンジジューステスト), I have tried so many oppotunity to make my business. Due to your special "law", my office is getting very unique to deal with the professional consulting of the open source software security with my high motivated staff.

So I would like to say thank you very much.

Jerry: And I will pass on your thanks to the people who taught me the Orange Juice Test. I, too, have used it to have a profound effect on my business.

okdt: Last year, I made the free maling list for your book lovers, called "Weinbergers" as the follow: (sorry, in Japanese) http://www.freeml.com/...

Jerry: I am honored. I looked at the site, and it is very well laid out.
Unfortunately, Japanese is not one of the languages I can read.

okdt: Would you kindly give me a message for the mailing list members and your book readers in Japan?

Jerry: I would be happy to.
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I am honored and humbled to know of my many readers in Japan. I owe a great debt of gratitude to Professor Izumi Kimura and my other translators. I'm sure the books are much better in Japanese than in English.

If I were to give advice to a young professional starting out in the world, I could do no better than quote three Japanese proverbs:

We learn little from victory, much from defeat.

So, do not think in terms of Win or Lose, because you cannot always win.
Think instead of Learn, for Win or Lose, you can always learn.

Even a thief takes ten years to learn his trade.

There is no quick road to success. Be prepared to persist through some hard times, and you will outlast your competitors who burn themselves out with too quick a start.

If you believe everything you read, better not read.

Take my books, and the books of others, as if they were tempting meals.
Taste everything, but swallow only what tastes right to you.

Once again, thank you for reading my books. Teachers open the door. You enter by yourself.

Very best regards,

Jerry

One who has attained mastery of an art reveals it in their every action. -- Samurai Maxim
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コメントなどは皆さんのblogでどうぞ。

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23 December, 2003

ヘラヘラ5。

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一読者から「okdtさんのblogって顧客満足について考えさせるサイトですよね」とメールをいただいたことがある。そう思って書いているわけではないんだけど、自分の感動したこと、人とのつながりで忘れたくないこと、それによって気づきを得たことを書いた記事は、確かに顧客満足−カスタマー・サティスファクション(CS)−につながるテーマとなっているかもしれない。

顧客満足といえば、とかく技術屋が力を持ちすぎるために破綻する日本のIT業界の中で、顧客に直接接する営業の力を強くして成功パターンを見出してきたといわれる会社のひとつに日本IBMがある。そのせいか、同社はテクノロジの会社というよりサービスの会社だといわれる。同社のサイトには数々の技術・リサーチドキュメント(developerWorksなど)や、ビジネスクオリティを向上させるための同社のアプローチが公開されている。

12月22日、同社の「カスタマー・サティスファクション(CS)」のコーナーにて興味深い資料が公開された。海外開発部門との電話会議(テレコン)の効率化のための「テレコン英会話小冊子」を無料公開したのである。これは同社の5名の社員により、「ペラペラ」一歩手前の「へらへら」を目指そうとして結成された「ヘラヘラ5」のメンバーによって制作された。社内では3人に2人が利用するという、まれに見る大ヒットだそうだ。

「ヘラヘラ5」は、英語のテレコンにおける問題解決が効果的でない理由に、日本人の英語の使い方がおかしい部分があることに着目し、ネイティブの協力を得て、基本的かつ平易ではあるもののきちんと意図が伝わるテレコミュニケーションのフレーズをまとめた。これにより、問題解決日数は平均3日も短縮され、顧客満足度も向上したという。

TOEICも超ハイスコアなメンバーによるものだが、驚くほど簡単なフレーズ集。しかし、それは決してレベルが低いことを意味していない。きちんと伝わり、満足の高いコミュニケーションをするためには、難しい言葉をかっこつけて使うよりも平易でもきちんと言えることのほうが重要とのこと。これには全く同意だ。

自分が理解していることを理解している言葉で理解しやすく言えと。

テクニックが不足しているミュージシャンが難しい曲を無理に演奏するとアラも目立ち、ひどくすれば破綻するが、むしろ身の丈にあった曲を堂々と弾くほうが感動を生むものだ。演奏の完成の中で自分のメンタルな部分−気持ちをこめる余裕など−が占める割合が明らかに異なるものだ。

難しいことを平易に説明できることは決してささいなことではない。

要は顧客にせよ人とのコミュニケーションにおいて満足と理解は直結しているということだね。

ついでに、この小冊子、英語は当然のことながら、日本語部分を読むだけでも、まともなテレコミュニケーションをとる助けになるのではないかと思うのはきっとわたしだけではないはず。(苦笑

ご一読あれ。

日本IBM CS改善活動 - 海外開発部門との電話会議(テレコン)の効率化
http://www-6.ibm.com/jp/ibm/cs/concepts/improve/telecon.html

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07 November, 2003

楽しい会話へのOpen Sesami.

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話の妙味、雑学といえば、「トリビアの泉」って番組で「へぇ〜」なんて話題を提供してくれていますね。でも、話は大して続かないし、爆笑を招けても、一発モノで終わってしまうかもしれません。面白いけど、会話を楽しむにはちょっと力不足のような気がします。

昔々、先人の知恵ということで、楽しい会話へのOpen Sesami(開けゴマ)を教えてもらったことがあります。営業バリバリ・接客のプロなら、もう焼きつきすぎてあたりまえのことでしょうが、IT業界の奥深くにいると、会話を楽しむことそのものでさえできない(する必要も感じない)人は少なくないかもしれません。

1.「裏木戸に立てかけさせし衣食住(ウラキドニタテカケサセシ)」

これは、営業職の神器的キーワードですね。ただし、ビジネスミーティング開始時に使えるものは非常に少なく、むしろ飲みや食事の席で、お客様にひとしきりしゃべってもらったあとに使うという感じ。

(裏)裏話/(キ)気候、季節/(ド)道楽/(ニ)ニュース/(タ)旅
(テ)天気/(カ)家族、家庭/(ケ)健康、景気/(サ)サラリー、酒
(セ)セクシャル/(シ)趣味、仕事/衣食住。

2.「適度に整理すべし(テキドニセイリスベシ)」

これは、水商売のホステスさんの心得だそうで、もう少しシンプルで、かつ話し込める話題がよく埋まっています。

(テ)テレビ/(キ)気候/(ド)道楽/(ニ)ニュース/(セ)生活、セクシャル
(イ)いなか/(リ)旅行/(ス)スポーツ、スター、スキャンダル
(ベ)勉強/(シ)仕事

まあ、お酒の席で当り障りのない話題ってのはこういうことだということでしょうね。しかし、注意も必要。特に、セクシャルな話題は地雷だらけです。それだけに、話しやすい話題の中での、ちょっとしたサプライズが欲しいところ。これが会話を面白くするポイントというところなのでしょう。

それにしても、まだまだ「ツカミ」とか「小ネタ」とかありますよね。また、業界ごとの盛り上がるキーワードもあることでしょう。ここはひとつ、会社、お店、個人でオリジナルを開発してみませんか。

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26 August, 2003

オレンジジューステスト。

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あなたが、ホテルの宴会主任からある相談を持ちかけられるとします。そのホテルの営業部の新しい習慣として、毎朝700人の営業部朝食会の席で、大きなグラスで絞りたてのオレンジジュースで乾杯することになった。どうしよう?、と。ここで、あなたは 「できません」「他に方法はないんですか」「ごまかしてしまえ」などという答え以外の答えを出さなければなりません。どうすれば良いでしょうか。

非常に難しい問題の解決方法をあきらめさせる思考の中には、相手から得ていない、こちらが勝手に推測した情報を基盤としてしまっていることに気づくことがあります。上記の例だと、もし、早朝に大量のオレンジを絞らせることだって、一人1000ドル払うつもりで集めれば、集まらなくもないだろう、というようなアイデアは、まだ尋ねてもいないのに締め出されているのです。予断することなく、「No」ではなく「YES, But...」とディスカッションを進めていける必要があります。「できますよ。で、それにはこれだけかかります。」と答えをだすのです。

ジェラルド・M・ワインバーグによると、これを「オレンジジューステスト」といいます。

一例にすぎませんが、こういうケーススタディでコンサルタントとしての気質や考え方を教えてくれるのが「ジェラルド・M・ワインバーグ」、この人の著作です。実にたくさんの書籍が発行されているのですが、この人の本を読んで感じたことや発見したことを交換できるMLをつくってみました。よろしければ、この機会にどうぞ。

ワインバーグ読書会「ワインバーガーズ」ML

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p.s. ワインバーグさんからメッセージをもらいました!(2004/4)

p.s. yomoyomoさんの書評からリンクをいただいている模様です。(2004/8)
http://blogs.dion.ne.jp/yamdas/archives/33597.html より:
> 「よい手順を使ったからといって、何も見落とさないという保証はない」
>のところで考えるのを止め、 たかを括って後悔することが多いのだ。

ほんとそうですね。特に技術屋さんは、論理や根拠なく賛成できないときに、そういう言い方をする人が多いですね;-)

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09 May, 2003

英語で○○してみる。

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松井がメジャーに行ったころに新庄が「英語覚えるにはDVD。これしかない」と言っていたが、それは「面白くないとやる気がでない」ということなのだろうね。そういえば、ヒアリングマラソンにLinusへのインタビューが出てきたということでkaza氏が俄然やる気を出している。

「たとえばこういうときはこうです」という勉強というのは、受験的というか、連結性を成り立たせるのも難しく、既存知識や日常経験というカードをつなぐシナプスが刺激されないように思う。ずいぶん前に買った、「英語で日記を書いてみる」という本を思い出し、手にとってみた。うーん、結局、フレーズ集なのだなあ・・・。逆引き的な使い方はいいんだけど、これを見て「書きたい」という意欲はわかない。やはり、日記も、実際の英語のおもしろいものを読んで、なおかつ真似して書いてみるというプロセスを選んだほうが早く身につくということだろう。

そういえば、matzさんことまつもとゆきひろさんによると『私は「blog」と「にっき」を区別しない人です。あんなのたんなるスタイルの違いじゃないかと』と。それはそれでいいんだが、逆説的に、「スタイル」という角度で区別・分別(ぶんべつ)する人にとっては別のものだということになるわけで。 いずれにしても、「スタイルの違いは気にしない」というmatzさんの「らしさ」も垣間見えたきがした。じゃ、とりあえず面白そうな英文blogを探すかな。 (5/11追記:「やはりこれは違うものだと感じるようになった。 」とのこと。やはり、「blogと日記の違い」というお題は、境界線を引くよりも、何を主体とし、何を書くか、なぜ書くか、というレイヤーで思考すると面白い。)

他に、英語で*毎日できる*なにか建設的なことはないだろうかと考えていると、たとえばお祈りをしてみるとかどうなんだろうと。早速、友人にお願いしてGETした英文は、なるほどーと思わせるところがあった。英語の聖書でPsalmsなりMatthew 6あたりみりゃわかるっちゃーわかる英文だったが、やはりハートがこもっている気がした。これが座学と実践の違いなのだろう。

しばらく英語しゃべってないから、しゃべってシナプスを刺激しよう。

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19 November, 2002

BLOGの用途と応用/既存サイトへの適用

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BLOGをはじめた矢先くらいに、BLOGは何ぞや風の話題で2chにスレがたち、山形さんの広報室BBSで議論が展開され、伊藤譲一さんがいろんな意見を発したり受けたりするようになりました。BLOGはなんぞやを議論しても、既存機能との比較や実装技術論にしかならず、それがおもしろいとするひとが多ければ多いほどつまらないという人が出るものです。どこかで聞いた話ですが、みんなが褒めるものをけなし、けなすものを褒めるとインスタント評論家の出来上がりなんだそうな。まったくもってそのとおりですね(笑 いや、良し悪しの話ではなく、、、。

なんでも0から考えるよりリニューアルのほうが良いものができるという意味で、良いデザインの特徴は「リニューアルである」とされるわけですから、既存のものや今のところのいろんな人の見解を酷評していくより、それをどう発展させられるのか、また自分ならどうとらえるのかということを示せないでいる人が多いのは嘆かわしい現実なのかもしれません。とりあえず何か始めてみないとリニューアルもできませんし、やってみて初めて、達成への階段を登り始めたことになるのではないかと思います。

とにかく、BLOGとはなんだということを議論するときに、共通のテーブルなり軸なりないと、盲目の人6人が象のなんたるかを説明する逸話のようになってしまいます。マーケティング、プロモーション、メディア、表現、モラル、ヒューマンネットワーク、アンテナテクノロジ、コンテンツマネージメントなど多岐にわたるのですから、まず何についていいたいのかということを言ってからしゃべりゃいいのにと思うことしきりです。そして人の観点や軸と違っててもいいじゃないですか。特徴一覧として別の「章」に書けばいいんですから ;-) とにかく、わたしはこれは面白いと思っていますので、ぼちぼち備忘録として書いていきたいと思います。ですから、既存のBLOGサイトがどういう「機能」かということを研究しつくすよりも、「ポテンシャル」を考えるつもりです。

とりあえず、多機能のMTはローカルで試すとして、できる限りサーバのほうにミドルウエアというか、まあその種のプログラムインフラ(PHP,Perlなど含む)なしで動くというのを前提に、なにがどこまでできるのかを知りたいと思っています。とりあえず、昨日1時間足らずで[ http://tunebiz.net/ ]をBLOGGERベースに変えました。ん?PHPつかってるじゃんって?ふふふ、だって、includeでBLOG出力をげしょっととりこんでるんだもん(笑 まあそれはそれなんですけど、とりあえずやり始めないと完成しないので、えいやっとばかりにやっちゃっております。陳腐に見えてもいいんですって。同様の方法で、What's New, Press Release, Announce, Campaign, Event Informationなどは扱えるし、これでやったほうが便利で早いと実感しました。とりあえずこれまで構築にかかわったお客様のWEBサイトのリニューアル時には、BLOG風の要素を入れ込んでみたいと思います。

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03 November, 2002

11月22日は、、

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なんでも、どうしてもその日に入籍するんだと言い張るykの思いつきだったらしいんだが、やはり世の中、わかりやすい洒落なんぞは思考がかぶるものです。かるーく検索してみると、某WEBサイトを発見。そこによると、まさしく「いい夫婦の日」なんだそうで...なんと促進団体まである模様。結構いろんな会社が構成員をしているんですね。で、なぜか桂文珍が名誉会長。え?あのひとの奥さんって見たことある?(笑 ま、文化人っぽいブランディングの一環なのかな。

そういえば、なんと小室さんとKEIKOさんの結婚式はその11/22だそうで。8億近くかけるんだそうで。すごいもんですな。再々婚なんだとさ。マークの立場はどうなる?!ますます独り言しゃべってる歌詞が増えるのかな。「どうせおれはひとりもんさ」とかどこかで入れてほしいぞ(笑 

※[追記]マークさんはひとりもんではないんだそうですm(__)m

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01 October, 2002

リリース。

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戦後最大といわれる台風が来ている今日、洪水警報が中央区にも出されています。「戦後最大の台風」なんて想像できないっすよねえ。そういう経験は、関西で台風19号を経験して以来だからねぇ。あのときは、電柱は折れるわ、ブリキの看板は木の葉のように舞うわ、信号は止まるわ、電話はぶっこわれるわで大変だったなあ...。それに比べれば、大したことない感じなのは気のせい?...きのせいのようですね...(汗 十分ひどい爪あとを残している感じです。新宿では信号がぶったおれてるし、千葉なんてやっぱり台風19号なみの荒れっぷり。なんでも、23区内でも結構被害が出ている模様。...

さてさて、戦後初もなにも、人生初のことがどんどん起こっている今日この頃、とうとう本日正式に婚約したことをリリースしました。会社関係、顧客関係には結構この日記を知らせているので、「正式って?」という感もあるんでしょうが、この週末に両家の親同士の呑み会をつつがなく行ない、まずまずの順序でリリースされたという次第です。お相手は、すっかり民間人(しかも超かわいい)なので、表には出さないし、ここでさえ実名を出すのも控えさせていただきますが、わたしを補ってくれる、なかなかの名手で、わたしのボケぶりをがっちり突っ込んでくれるなかなかのサポーターだと期待されておりますです。これで、ますますボケボケ路線を突っ走れます(ぉぃ(*^^*)

親族の都合もあり、式は12月に神戸にて身内だけでひっそりこっそりまったりと(mujiさめ多謝)行なうことになっているのですが、まあ、今後ともよろしうお願いいたします。東京サイドの皆々様方も、気軽に盛り上げてやってくださるとうれしいっす。なお、各種お問い合わせは本コメント、あるいは直接私までお願いしますです。

# そうそう、soちゃん。「その界隈」の人たちにこの日記、広げないでね。色々書きにくくなっちゃうから。(謎

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04 September, 2002

難しい案件。

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その案件は、

・システム導入っちゃーシステム導入だ。
・合併に伴うっちゃー伴う。
・構築案件っちゃー構築案件だが、主に24/365運用案件である。
・構築担当と運用担当はいずれも他者と分担はできない。
・アップグレード運用設計が大変そうだ。
・コストは見えない。
・現金支払いは期待できないが、スキームが増える。
・日次運用がすべてだが、月次、年次運用もかなり大変。
・老朽化は避けられないが、機能アップはチューニング次第。
・守秘義務契約がけっこうきつい。
・セキュリティホールは許されない。
・同種の他案件を抱えることは許されない。

・受注に向けてのプレゼンにパワーポイントも紙も使用禁止。
・事例はあんまり役にたたない。
・コンサルロジックも前面に出しちゃいけない。
・SWOT分析は開示しないほうがいい。
・マーケティングデータなんてもってのほか。
・実績があると失注しかねない。

とまあ、受注に向けて、コンペだったわけではないのだが、オーナーの真意が見えにくかったので、なかなかプレゼンが大変だったが...。オーナーコンサルで「やめとけ」って横で言うのは得意だったのだが(w)

で、無事、オーナーの委託発注内示ゲット。

# uenoさんご声援、サンキュです。
# 某MLでofficeタンからも祝辞をいただきました。ありがとうです。

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17 June, 2002

プライベートなコンティンジェンシープラン

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セキュリティドキュメントがでたとかで、トピックに上がっていたが、話題が意外にシリアスなせいか、コメントがつかないギミだった。んで、ひさびさにコメントを書いた。とりあえずご好評いただいているようでなにより。コンティンジェンシープランニングを具体的なサービスにすることに最近関心を高めているので、その部分は今、結構明るい。
<CM>
事業継続のためのリスクヘッジとか社内リソースの潜在能力の発見などに関心のある従業員5人以上100人未満の企業の役員がおられたらぜひお声を。安くで顧問します。
</CM>

しかし、なにを隠そう、私のプライベートのほうのコンティンジェンシープランは実に甘いかもだ。すっかり無防備に近い。なんで、想定外の被害を受けるとダメージがでかい(苦笑 なにか起きたらそれを効果的に修正するコントロールをしなければならないというのがその本質なのだがな。来る者選び、去るもの追わずな私としては、たとえば広い意味で身内からあえて離れたり、少なくとも表面的には私を裏切る方向で進むことを決定した人間へは、その人の自由を尊重するというのがせめてものはなむけだと思っている。1,2例くらいしか覚えていないしね。正直、老若男女、役職の上下を問わず、親しくさせていただいている方々は個性的でも人格者は多く、恵まれていると思う。ありがとう、周囲の皆さん。根本的に気立て良く、勤勉で、しかも信頼できる底力のある人だというのが共通点だ。

<!--向上心満点の愛すべきのろのろクンも若干名いるが、根本的には勤勉でありたいようである(w --> 

だから、はじめっからわたしの方が未熟だという前提か、あるいはよくもわるくも私がどういう人間かを信頼してくれて始まる人間関係が多く、それゆえに破綻も少ない(笑) まあ、おごちゃんの言葉を借りれば、だまされたように見えても最後までだまされていないのではないかと思うほうがポジティブだし、幸せだというものだ。しかしこういう人間関係の構築からずいぶん公私ともに良いことのほうがはるかに多いし、ありえない飛躍も多い。だから人間関係においてコンティンジェンシープランを策定しなければならないケースがそんなに多くないというのも、いわゆるプライベート部分は無防備だという原因なのかもしれない。要はリスクの発生確率が低いということになるかな。

しかし、他人のこととなるとちょっと違うんだな。なんでもかんでも自分が助けに行かないといけないと思っているわけではないし、そもそも自立していることが前提だから、「自力」への信頼みたいなものはあるんだけどね。しかし時には大切な方々の家族に想定外の困難があることもあるし、本人に心臓病をわずらって発作を起こしたりなんぞあると、自力ではどうしようもないこともあった。それはその人の命ないしは生きていく基盤の「継続性」が危険にさらされていることになる。そもそもコンティンジェンシープランのたてようがない、あるいは考えようもなかった場合に、それら愛すべき「民間人」は意識していようがいまいが、友の助けを必要としている。ここから羽田までは近いぜ、いつだって駆けつけるさ。

で、結局、オチは?....困った...そうだ、ここはひとつ関西の猛者haijin殿にみならって締めるとしよう。

教訓:人間関係にオチや戦略などなくてもいいのだ。

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11 May, 2002

ステディライセンス考(ドラフト

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どうも、このblogもいろんなレイヤーで読者が増えてきたようなので、ステディ間の暗黙の了解についてライセンスという観点でまとめてみよう。(ドラフト


オープンソース?

だれでも自由に使ってよい、改変してよい、というのはステディの関係とそれ以外の関係の間ではあり得ないだろうね。BSDライセンスに至っては、ますますヤバイ(w ステディ間は秘密保持契約が成立しているからこそ成り立っているのであるからして、対外的にオープンソースライセンスを執行されたのでは、双方たまったもんじゃない。ラブレター、プリクラ、画像など、やばいものはいくらでも残っているかもしれん。オープンにはできないですな(w

しかし、二人だけの間では、オープンソースはなかなか良いのかもしれん。限定的オープンソースという感じかな。どこがどうなっているのか、どう変わったのかはオープンであることは確かにクオリティと安心感があっていいことだ。うまくいっているオープンソースプロジェクト同様、コミュニケーションが重要なのだろう。またガイドラインもあったほうがいい。(わたしのガイドラインについて関心のある方はメールでもくれ)

まあ、お互い、どこを変えたいかはいろいろ意見のわかれるところでもあり、思うようにパッチがすぐにマージされないで、revertされることは良くあることだろうね。人間というのは、ソフトウエアのようでハードウエアな部分も多々あるし、往々にしてバグだらけのROM焼きソフトのようなものだ。でも、アップグレード運用は確かに重要で、それによって愛は深まるものなのかもしれぬ。


ライセンス発給

排他的なライセンス・利用許諾を発給する、これがステディだ。実際問題、遠距離などをやってみれば特によくわかるのだが、相手を信頼し尽くすには、双方にライセンス違反があってはいけない。こう、コンペティタの存在を匂わせたらイエローカードだ。女性はこの部分はとてもナーバスだが、男性もしかりである。

意外と妙なところでばれるんですよね、浮気ってものは。あら、いつもと違う感じだ(謎 みたいな部分で、新しいエッセンスが含まれているときはほとんど怪しい。例えば、1年ほどつきあっていれば、その人ならではの愛情表現みたいなものは考えなくてもわかってくるもので、違和感があるとざくっと引っかかってくるのである。その瞬間、盛り上がっていても、自分の中でささーっと音をたてて引いていくのが聞こえるところが怖い。(=_=)

「あなただけよ」ライセンスは相手にとって重要だ。不安を感じさせてしまうことがあってしまった場合は、ライセンス条項にのっとって誠実にフォローしなければならない。それと、ライセンスの二重発給はwarezである。違法コピーはいかんよ、違法コピーは(笑 しかし、違法コピーは使った側も使わせた側も罪が重い。発覚時はどんなさらしあげも覚悟しなくてはならない。タイーホである。あと、不正ログインも最近日本では法案で禁止したりと強化しているようである。


メジャーバージョンアップ

婚約、結婚などでメジャーバージョンが変わると、ライセンス条項は見直さなければならないだろう。拘束力と共に罰則規定も強くなるだろうしね。しかし、恋愛期間中にメジャーバージョンアップに耐えるライセンス遵守がないと、メジャーバージョンアップする気にはとうていなりえないし、なってもらえないものだ。ライセンス違反リスク抱え込んじゃうからね。なんだかんだいっても、×いちはイタイんだそうだよ。


乗り換えキャンペーン

コンペティターとなるソフトウエアの所有者が、自社のソフトウエアを利用する際に優遇するという戦略が、同様にここでも用いられることがある。MicrosoftのOffice関連はいまだに一太郎などからの乗り換えキャンペーンをやっているし、MS SQL ServerなどはOracleライセンスを持っている人の流入を大歓迎している。

その場合には、ソフト業界同様、(1)機能面での充実(2)負担(ソフトでは価格)軽減(3)ブランドイメージなどのメリットをもたらさなければ売りにならないだろう。すでに仮想敵がいるとそのユーザを引っ張り込むのは新しいアプリケーションを作るうえで重要だ。SWOT分析をしてみるわけだ。相手の「T:脅威」はなんだ?そこを手厚くいけば相手の「S:強み」さえかすむことがあり得る。

機能面の充実、という意味ではより許諾レベルの高いライセンスを発給するされるとアピールは強いね。ディベロッパーライセンスしかないのに、乗り換えキャンペーンでインターネットライセンスが得られるなんてのがあれば、ニーズ次第でさくっと乗り換えちゃうかもしれない。ステディとのプロトコルなんて細かいことを抜きにすればそんなに変化はない。むしろportingも結構楽しいものだ。肝心なことはSQLでしゃべればいいんでしょ?だったらそっちのほうが快適よね、てな感じだ。

たとえば、まずはお友達から、というライセンスでなんとかステディへとバージョンアップするのに苦労しているところに、最初からフィアンセ待遇を提供されると、ユーザとしては参っちゃうのかもしれん。結婚生活に疲れ気味の倦怠期の夫婦でお互いこそこそと浮気してるケースが多いのも当てはまるのかもしれない。

ただ、その場合、ユーザは相手が自分にとって人生のOS部分ではなく、単にユーティリティかツールであることを示しているわけだ。ちなみに、「いい人」ほどユーティリティになってしまうものだそうで、「ならずもの」はダメなんだが、意外とOSになっているゆえに浮気されないということらしい。(ogochan談)なんかLinuxとMSの比較みたいやな。

(このドラフトは思い出したときに改訂していきます。コメントください(w)

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