27 November, 2008

Risk Lovers vs Strategic Futurist

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米Autodeskのウェイン・ホジンズ氏によると、Strategic Futuristは世界で20人らしい。

同記事より:

問題を分析するときに、個々の事柄に着目してしまいがちだが、これでは問題の一部しか見ていないことになる。そうではなく、「物事を一般化し大きな単位にした後で、小さな単位に落とし込んでいくという二極化した考えが必要だ」とホジンズ氏は述べる。


演えき法と帰納法で俯瞰的にロジカルシンキング、なんて、別段スペシャルなアプローチじゃないよね。「戦略」やるんならなおのこと。

むしろ、そのロジカルシンキングの限界を意識しなきゃだめで、たとえば、すでに起きたことのある事象、つまり事実のみを根拠とする前提であるため、変化の激しい領域や、未踏の領域にはほとんど通用しないということ、とか。そういうことを指摘しないと「*未来*戦略家」返上ではないかと。

# この記事、全面にわたって突っ込みどころだらけなのですが、
# 冗談はほどほどにして、と ;-p

「本質探し」これは面白い。

単に分解と合成をするだけでもたいてい面白いが、そこをさらに軸を出して、「本質」なんて謎めいたラベルのついたお宝を探すわけ。おお、これだ!なんて思いこんじゃうし、人にしゃべっちゃうし。「本質」とかって言葉がついてれば、なんか納得しちゃったりして。

# もしかして、「本質」って、最近の自己啓発系、知的生産系を凌駕するバズワードなのかも?(ぎゃはははと笑ってください、ここは)

閑話休題。

けど、「本質」だと思ったことが本当に本質なのかはどうやって決められるんだろう?

表層的なことよりも「本質に近いと思われる」ものは複数あるでしょうし、その最大公約数をだしてみる、という感じなのかな。それでもViewが違うと答えが違うよね、多次元だから。

「これが本質だ」という思考ゲームとか、なにか発見できるって楽しいけど、その実は腹落ち感程度なのではないかな?それでも、そこでえいや!と決めて行動できることのほうが、本質の追及につながる行動なのだと思う。

過去的な、理屈と情報勝負の分析なり解説なりによるretrospective問題解決は答えがあるだろうけど、未来の、感覚的なprospective分野はとてもchaos(カオス)だからいろいろやり方が拡散していいわけなんだよ。

だからrisk loversはそこでプレイヤーとして動くんだ。たのしーい。

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28 July, 2008

Last Lecture - Randy Pausch逝去

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http://jp.techcrunch.com/archives/20080725dr-randy-pausch-carnegie-mellon-cs-professor-dead-at-47/
より、
Last Lecture - 「最後の授業」で知られるランディー・パウシュ教授(カーネギーメロン)がとうとう亡くなったとのこと。大前さんもこの人の話をあるコーナーで一番に取り上げていた。

まだ知らなかったら、本読むより動画で授業を見た方がいい。全編バージョンもいろんなサイトで公開されているし、「最後の授業」とか「Last Lecture」で検索すればざくざく見つかる。日本語のキャプションが入ったものもあるようだ。(初めて見たときは無かったけど。)

さて、テーマを絞った話だとしても、今からやるステージが、「最後」だったら、自分は何を伝えたいのか、なんて考えてみたらどんなところが変わるのだろう?

彼の、悲壮感のない、それでいてメッセージ性のとても強いその「Lecture」は、その内容はさることながら、「Last」に向き合う人としての姿勢をLectureするものだと感じた。

後に、Randy PaucheのLast Lectureは私になにか大きなものを残してくれたと言えるようでありたい。

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02 June, 2008

木を育てる人と森を守る人

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森に行ってみたことがありますか。

私は、梅雨入りした時期の秩父の森とか、大好き。

森の全体ビューを楽しむ人もいれば、個々の木々を見て感動する人もいる。ちなみに、今朝の朝礼で尋ねると、そこにいたスタッフの大半は個々の木々をじっくり見たいタイプで、わずかながら、森としての全体の景観を楽しみたい人がいた。

いずれにしても、森としての成り立ちが、個々の木々の魅力に不可欠。すなわちWhole-Partの関係性。この関係には学べる要素がたくさんある。森に立つ看板には、その森の歴史やなりたちのような概要から説明が書かれていて、続いてそれぞれの個々の木々や小路の解説に言及している。木も森も見ろ、と。

さて、会社から業界という枠組みに拡げて考えても、我々の開発活動はPartでしかない。できることは、せいぜい個別最適。

統計によると、2006年現在、インターネットの利用者は世界人口の16%、日本では60数%にすぎない。そこで利用者にとって快適なツールを作っていくことは、現時点では人類社会全体からすればプチ富裕層のための個別最適にすぎないと言わざるを得ない。人類の叡智を結集できる枠組みにはほど遠い。

だから、それを理解した上で、レバレッジを狙うことに集中しなきゃいけない。たとえば、インターネットユーザを介して、その向こうにいるインターネット利用者ではない人びとや地域にプラスの影響をもたらす方向を狙う。でも、その結果、out of the Netからのフィードバックをどうやって集めるのか、考えなきゃいけないことがたくさんある。それでも、リアル・コラボレーションのハブって何だろう、これをテーマに考えなきゃいけない。

それを、先日LUNARRの高須賀さんに話したら、「それは、めっちゃ考えなきゃいけないけど、答えは出せそうな問題ですね」と言ってもらえた。

だからなのかな、リアルにイノベーションを目指している「人」同士のケミストリを強く誘発する活動にはとても意義を感じる。それが、OSBBだし、WASFORUMだし、WOCSだし、JBPだし、IPAでの活動にもそれがある。そして、ほかでもなくテックスタイル・グループの目指しているもの。

いずれも、大変なんだけど、すっかり楽しめることがカギなんだよね。

じゃあどうするのか。

個々の木をきめ細やかに育てる仕事も、全体として森を守る仕事も、両方とも重要。同時に、理解しあわなければならないけど、両者ともゼネラリストになる必要はないんじゃないかと思ってきた。

「いろんなことができる人」と「なんでも屋」は違う。自分は、やりたいことなら何でもできるようになりたいけど、それでも「なんでも屋」と言われちゃったら負けだと思う。

(個別最適至上主義でなんでもかんでもかけ算方式で全体に展開しようとすると、合成の誤謬(fallacy of composition)が生じ得る。また、ゼネラリストのオーバーコントロールは個々の進歩を容易に阻害しうる。)

ここは、楽器の演奏とバンドの関係と同じで、それぞれのプロフェッショナリゼーションが、他者の視点からの試練を乗り越えるべく気持ちよいGrooveを出していこうと進歩すると、それぞれが外部との共通的なインターフェースを持つようになるので、ひいては全体として調和と成長の両方をもたらしてくれる
ポテンシャルになる。

先日のJBPは11曲、入れ替わり立ち替わり加わったセッションプレイヤーは15名、うち、junoさんはキーボーディストかつバンマス。彼には強いこだわりと意見があるが、それがかえって、全員がいい感じにまとまるきっかけを作っていた。さすが、junoさん。

全体の成長のためを考えれば考えるほど、むしろ逆に自分に軸を強く持って、それぞれのプロフェッショナリゼーションを磨いていかなきゃ。本も読むし、人にも会うし、ベースも練習する。

それはそれは、スリリング。

木を育てる人と森を守る人、個別最適と全体調和、どっちも軸が必要だということなのだと。
だから、そこを磨いていかないと成長しないと思うんだよね。

よっしゃ、一緒に何かやったろうじゃないの、という方、会ってくれませんか。

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25 December, 2007

「とんでもない、責任は常に権限の数倍あるよ!」

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組織規範の考え方に関する、「権限には責任が伴う」という「常識」に対する反論として聞いた。エクセレントカンパニーならではの、コンセプチュアルな一言だ。

かねてより、「権限と責任は一致する」という考え方は、いまひとつしっくりきたと言われることは少ないものだ。だいたい、権限が不十分だと思っている人に、余計なことをしないように抑圧する場面で用いられがちな言葉だからなのかもしれない。その組織に官僚的な文化があるとなおのこと。

そこにきて、この「とんでもない。責任は常に権限の数倍」という考え方は全く違った効果を生む可能性がある。自分の役割、立ち居地を積極的に果たすための自覚を持たせ、その上で責任の大きさを考えさせる。

これは、しっかりやろうよ、との内面的動機付けを強める、応援的なメッセージだとさえ感じられる。

この意識をしっかりと社内に浸透させたいし、社外に対して自社のサービスがこのコンセプトを実践していくにはどうすれば良いか考えたい。発注要件以下で請求書書いてるIT業界のメルトダウンはもうとっくに始まっているしね。

権限って何だ?自由な選択肢としてやれること、と置き換えるべきか。

とすると、人間としての責任は、人間が自由にやれるバリエーションの何倍もあるに違いないことを理解しなきゃいけないということか。

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19 December, 2007

プレゼン資料公開サイトhandsOut.jpオープン

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昨日、2007年12月18日、プレゼン&ドキュメント公開・共有サイトHandsOutをリリースしました。

http://handsout.jp/


プレスリリース(日経プレスリリースへの掲載)

ビジネスの世界はもとより、要素技術に関しても(オープンソース、セキュリティなど)プレゼン資料は毎年たくさんできあがります。

それらの資料は、いろいろな人がそれなりの労力を払って作られています。ブログやWikiとの性質は異なり、生で大勢の共感を生む目的を持っているため、概して情報の価値がとても磨かれているものです。しかし、残念なことに、プレゼンの性質上、公開範囲は限定的ですし、一瞬で露出が終わってしまうために、波及効果が限定的になってしまいがちです。知られないまま終わるものもたくさんあります。

これが、常に「On Stage」な状態にしておける「プレゼンテーション公開サイト」を作った理由です。いろんなフォーマットのアップロードを変換できるようにしてあるところは技術的にはキモですが、それはすべて「情報の共有」という目的にフォーカスしているためであり、それはテックスタイル・グループの戦略上、とても重要なことです。

もちろん、限定公開やパスワードでの保護もできますから、レビューなどにも使えます。大画面モードではそのまんまプレゼンできますから、ブラウザさえあればどこででもプレゼンができます。(^-^)/

ブログパーツも、最初から実装されています。


12月18日のプレスカンファレンスでは、hykw隊長がプレゼンしました。

プレゼンやワープロ,PDF文書を共有しFlashで軽快に閲覧できるサイト「handsOut」オープン
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20071218/289749/

ブログパーツとしての埋め込みも可能
PDFやpptをFlashで共有できる「handsOut」オープン
http://www.atmarkit.co.jp/news/200712/18/handsout.html


# 開発者のBakishinくんも出たはずなんだけど、写真が出てないなあ。
訂正:ITProの記事に掲載していただいていました!



サンプルのプレゼンがokdt謹製のものばかりなのはご愛嬌。むしろ、「このページでくるかー!」なんて思っていますよ('-' )

これからしっかりめきめき育てていきますので、ふるってご利用ください。
handsout.jp

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16 October, 2007

11月1日、情報と技術の「新しい流れ」が見える一日

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株式会社テックスタイルは、11月1日木曜日に東京丸ビルホールにて「群衆の叡智サミット 2007」(Wisdom of Crowds Summit)を開催いたします。

WEB開発にかかわる技術者、またマーケティング戦略・ブランド戦略担当者、大学・研究機関の研究者、および企業経営者の皆様を対象としています。

http://techstyle.jp/wocs/

2007年から始まる10年の情報経済は「群衆の叡智」によって大きく変革するといわれています。ジェームス・スロウィッキー著「みんなの意見は案外正しい(原題:Wisdom Of Crowds)」に著されている数々の興味深い事実は、一部の「権威」や「専門家」による品質維持の枠組みを、「群衆の叡智」が上回ることを示しました。

しかし、それはどれほど新たな情報パラダイムをもたらすのでしょうか。いや、すでにもたらし始めているのでしょうか。消費者、社員、コミュニティの意見を集約して、正しい意思決定に活用できるほどの精度を期待できるのでしょうか。群衆の意見を「叡智」に変える「目」とはいったいどのようなものでしょうか。

このような数々の疑問を受け、私たちは、数々の企業・団体様のご支援のもと、来る11月1日(木)、WEB開発にかかわる技術者、マーケティング・ブランド担当者、大学・研究機関の研究者、および企業経営者の皆様を対象としたシンポジウム『群衆の叡智サミット2007』を開催し、公開討論会の形をとることといたしました。

セッションは3つあり、WEBの世界から見られるコンセプト、オープンソースをはじめとするソフトウェアに関する問題、そして最後には予測市場(Prediction Market)の話にまで切り込みます。この話題の論客として、珠玉のパネラー陣が集まりました。どうなることやら、わくわくしています。

座席数には限りがありますが、お誘いあわせの上、ふるってご参加ください。

http://techstyle.jp/wocs/

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06 October, 2007

「真善美」を追う本質欲求の時代の企業評価?

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HRIの稲増さんから教えていただいたことの抜粋。

「差別化、物欲を満たされたあと、真善美(しんぜんび)、すなわち人と人とのつながり、感謝、心の充実などを求める本質欲求の時代へとの動きがある。それは企業の評価への影響しており、「国語算数理科社会」を評価するBSCの視点に加え、「音楽英語」、すなわち価値観や社会とのつながり力、CSRが重要視されてきている。それがWeb2.0のようなオープンリソース(open resource)の流れにもつながる」


この流れは新鮮な視点です。

2002年に創業した株式会社テックスタイルは、情報経済の観点で群集の叡智の「目」を研究開発し、その成果を顧客へのIT効果改善、事業推進上の意思決定に適用していくというビジネスを模索しています。

技術志向としては、オープンスタンダード、オープンソース、情報セキュリティへの精通を道具としての強みとしていますが、しかし、それだけで完結しないということをいろんな成功と失敗から学ばせていただいてきました。

そこで、はたして本質欲求の観点で「良い企業とは?」との問われると、なんて答えるんだろう?

そうそう、お恥ずかしながら、共通認識を作る第一歩として、テックスタイル・グループの「コード」を永遠のβ版として公開しています。(「テックスタイル・グループ・コード」)これが不思議なことに、社外の反響が少なくないんですよ。

そこで、今日の私の答えは、良い企業とは「競争事業を行う組織としてのミッションが、社会の健全な進歩と協調していること」

で、次にくるべき質問、「では、その評価基準は何が適正か?」これはどうだろう。それぞれの状況なり、進歩なりの何を見ればレベル感をつかめるのか、、、これはさらに難しい。

それに、どの視点からの指標を見たらいいんでしょうね。

顧客から、株主から、社内から、それぞれステイクホルダーですから、重要ではないとは言いませんが、あくまで主観的かつ相対的な評価軸です。とすると、個別企業にとっての優先順位によるか。

その点、ITインフラの評価基準は簡単なんですよねー。アクセス数などの利用率、コンバージョンレート、MTBFやMTBRなどのSLA遵守率、DR対応のパフォーマンスなど。これらは定量値ですから分析も簡単。

しかし、それだけに主眼を置いては、もはや本質欲求の時代では「効果」として価値が確立しにくい。事業の成績にあまり出てこない、いわば「副教科」の成績はどうなのよ、という話につながります。

セキュリティにせよ、オープンソースにせよ、はたまたマーケティング戦略立案にせよ、利益・利害を超えて、「なぜそうするのか」という視点がとても大切だと思いました。

企業活動あるいはその成果が、あえて、事業以外のフィールドでどのようにシェアされているのか、という視点があるのかな、なんて考えています。

ブレストしたいので、なんかトリガーになるようなヒントください(^^;

okdt@もりもり模索中

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13 August, 2007

「車輪の再発明ロックイン」がソフトウェア業界をダメにする

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ITProの「今こそ問われるプログラミング雑誌の価値」
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/OPINION/20070801/278804/

を読んで、なにか引っかかるなあと思ったら、これだ。

SOA(サービス指向アーキテクチャ),SaaSなどはいずれも「できるだけソフトウエアを作らない」「実装を意識しない」方向を目指している。


私はそうは思わない。この記者は「SOAもSaaSも世の中の車輪の再発明を極端に減らすアプローチだ」と理解しているからこういうことを書くのかな。しかし、残念なお知らせだが(w)、基盤のレイヤーが据えられると、世の中はもっとものづくりをしなければならなくなる。

省庁の分離調達の狙いにアプリケーション基盤を標準化すると、よりユーザに利便性が高く、ハコモノベンダーの垂直統合ロックインを受けず、かつ、利用価値の高いアプリケーションの構築が迅速に構築可能なパラダイムを作れるかもしれない、というのがある。

日本ペイントの神原さんがガートナーのサミットで言ってたことも、まんまそんな感じ。アプリ構築側も、ハコと分けられ、相互連携性をミッションとされることで緊張感がでて良いのだ。

つまり、もっともっと、頭を使ったものづくりをしなきゃいけなくなるのだ。

仮にすでにあっても、知恵を出す余地があるなら、躊躇なく作らなければ。イノベーションはレガシーな存在価値より知恵の価値なのよ。


「車輪の再発明」って何かって話はWikipediaの解説で、往々にしてシニカルな意味だよというところも含め、これを参照していただくとして、

はてなキーワードによると、こんなことが書いてあった。
■ Perlにおける「車輪の再発明」の実例

jcode.pl→Jcode.pm→Encode.pm


ああ、これだ・・・。まったくわかっていない。「車輪の再発明」による思考停止が、このキーワードで書かれているところが絶妙だ。

モジュールが外部とのインターフェースを持つことは機能の利便性の観点からとても重要。そのためにアップグレードないしはリメイクされることの意義を度外視してはいけない。

つまり、単機能だけを見れば、一見リファクタリングかもしれないが、インターフェースのインターオペラビリティも含めて機能と考えれば、それを単に「車輪の再発明」なんてどころではない変化が起こるよね。

車輪もタイヤもキャタピラもいっしょくたにしてはみもふたもない。

世の中のSoAやSaaSはプログラミングしない方向だ、なんて発言は、「そろそろ世の中にはなんでもそろっている」という思考から、安直に「みんな、そこそこくっついちゃうんじゃないの?」みたいな思考から出てきてるんじゃないのかね。楽観的だなあ。

でも、いずれにしても、それは「プログラミングしない方向」というのとは違う。

「Googleでできるよロックイン」と私が呼んでいる現象があって、何か作ろうとしたときに、「それってGoogleでできる(あるいは、Googleのサービスにある)」という反応が返ってくるんだよね。これも、ある種の「車輪の再発明」という言葉で思考停止する現象だ。

たとえば、「公開されているPDFを横断的にマークアップ&シェアしたいんだよ」「それってfiletype:pdfってやればいいじゃん」みたいな。

もちろん、存じ上げておりますよ・・・。

そして「車輪の再発明」という言葉も大抵ついてくるんだよな・・・。「それってGoogleでできる」が「その機能が必要とされる人たちに広く使われている」は全く違う。

目的を遂行するのが手段なのであって、ひとつの手段にロックインされて、目的を強く推進するのを怠るなんてナンセンスだ。

ルールが標準化され、それを活用したい人たちによるエントロピーが高くなってくると、その中でのバリエーションが出てきて、あらゆる利害関係者による集中と選択がおこり、最終的には最初定義された「機能」では予想もしなかった便益が創出される。

なんでも指差して「すでにある」というのはカンタンだが、そもそも、それをスタート地点と見るか、ゴールと見るかで人ののびしろは大きく違うんだよね。

A rolling stone gathers no moss.


どうせ回るなら出来合いの車輪よりも、こっちの方向で。

p.s.
コードなにがし、よろしくです。

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15 May, 2007

軽くヤバイ戦略

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マッサージをしてもらった時の話。

私はだいたい、30分が標準でも若干長いのを申し込んでしまう。しかし、その心地よさから途中意識が飛んでしまう。おおよそ、一瞬で終わってしまったように感じるんだよね。

段階を追って振り返ってみた。

1. なんとなく疲れているからマッサージを頼む
2. 申し込むときは時間はないけど、やや充実感を期待して長めに依頼
3. 実際にやってもらうと、とっても上手で意識が飛んでしまう。あっという間で終わってしまった。
4. 期待した充実感とはちょっと違うのに、支払うときは違和感なく気持ちよく支払った。
5. なぜか、リピート意欲が高まる。


たっぷり感に満足がありそうなサービスが、予想外に早く終わったように感じると次も頼みたくなる。

でも、大きく認識に乖離があるんじゃないんだよね。ちょっとなんとなく、、軽く裏切られている。

飲食、映画、音楽、マッサージ、、、列挙しにくいものも含め、おおよそ人間の五感を直接刺激するサービスでも同じことが起きているのかも。

時間、価格(JND)、効果、機能などが、ちょっとだけ、軽く予想を裏切られた感覚が逆に好感を持たれちゃう。

惑溺性のコンセプトなんだろうね。

「楽しいときはあっという間、という自己矛盾がリピートを強く誘発する戦略」って、一言で言うとなんだろ?

・・・「軽くヤバイ戦略」?

ああ、それだ!ちょっとしっくり来てしまった。
デブネコパンチだ。

ブルーオーシャン戦略って「軽くヤバイ」を説明するフレームワークなんだな。

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